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大阪高等裁判所 昭和49年(ネ)326号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 関西電力株式会社

被控訴人(附帯控訴人) 高馬士郎

主文

原判決中控訴人の敗訴部分を取り消す。

右部分に関する被控訴人の請求を棄却する。

附帯控訴および附帯控訴により当審で拡張された附帯控訴人の請求を、いずれも棄却する。

訴訟の総費用は被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)

原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。

本案前の申立てとして

被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)の譴責処分無効確認の訴を却下する。

本案についての申立てとして

主文第二ないし第四項同旨の判決

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

原判決中被控訴人の敗訴部分を取消す。

控訴人は被控訴人に対し金三〇万円を支払え。

訴訟の総費用は控訴人の負担とする。

二  当事者の主張

次に述べるほか、すべて原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  被控訴人

(一)  本件のように譴責処分を受けた結果、制度的にすなわち労働協約あるいは就業規則の規定を適用することにより、被処分者の法的地位たとえば昇給等に対し不利益な影響を及ぼすことが可能である場合には、譴責処分の無効確認を求める必要性があることは明白である。なぜなら、このような場合には、被処分者にとつて懲戒処分と不利益取扱いとの因果関係を立証することは通常困難であり、したがつて、不利益取扱いの原因となり得る懲戒処分の有効、無効を決することが現に発生し、あるいは将来発生することが予想される種々の不利益をめぐる紛争を根本的に解決するに極めて有効適切であるからである。かゝる意味において、譴責処分を要件にして制度的に不利益な影響を及ぼすことが可能である場合には、その無効確認の利益を肯定すべきである。

(二)  一般に、ビラ配布行為を正当に評価するためには、(イ)ビラ配布者が企業内のいかなる立場にあつて、どのような必要から、当該ビラを配布したのか、(ロ)ビラ内容の一言一句をせんさくするのでなく、ビラの全体的基調からみて、配布者の意見主張がどこにあるのか、(ハ)ビラの内容が事実についての配布者の評価を述べるものである場合には、かゝる評価を正当であると信ずべき情況にあつたか否か等の事情を考慮して、ビラおよびその配布行為の総体的判断がなされねばならないものである。

(三)  本件譴責処分は控訴会社の労務管理の一環として、極めて意図的、組織的に行われたものである。すなわち、過去において激しい労働攻勢を経験した控訴会社は、関西電力労働組合(以下、単に組合という。)をして会社のよき仲間たらしめることを基本方針とすることにした。それは表面的には「よき労使慣行の確立」という耳ざわりのよい表現のもとに行われたが、その実体は職場での組合活動をはじめ、種々な形で組合運営に支配介入し、組合の弱体化をはかることにほかならなかつた。会社のいう「よき労使慣行」「組合の体質改善」の目指すところは、結局は組合の右傾化であり、組合員とその幹部を会社の手で色わけし、会社の意に沿わないものを左派とか共産党員とか、その同調者とかいうレツテルをはり、色々な差別取扱いをし、これを孤立化させ、ひいては企業外に排除することであつた。ところが、一九七〇年の安保改訂の前後から、組合が会社の意図に反して労使協調路線に反対し、また労働者の階級的民主的強化を目指す活動家が組合役員として大量に進出するや、一九七〇年の安保改訂に対する闘争激化の不安に加えて、かゝる状態は会社にとつて深刻な危機として受けとめられ、従来からとつて来た労務政策とその管理を一層強化するとともに、あらゆる機会を捕えて、従業員への反共意識の植えつけ、活動家に対する人権を無視した孤立化、差別攻撃を加え、従業員からの隔離を図つた。これに呼応して組合の一部の幹部は階級的民主的組合活動家の機関からの排除を策し、組合民主主義を踏みにじる行為を繰りひろげた。このような気違いじみた労使一体となつた攻撃の中で組合を階級的民主的に強化することを目指して闘つてきた活動家達はその活動の場を一層狭められながらも、なお職場を基礎にして組合員の諸要求を取り上げ、その有利な解決を訴え、その中から労使協調路線を批判し、会社の差別支配政策を追求して闘い続けた。その活動の大きな手段がビラによる組合員、大衆への情報宣伝活動であつた。

会社と組合の一部の幹部は、組合員がビラによつて真実を知り、労使協調路線に反対し、組合強化を目指して立ち上ることを極度におそれ憲法を踏みにじつてビラ活動の禁止に狂奔し、一層活動家に対する孤立化や隔離、差別政策を強めている。

かゝる情況下で、控訴会社は被控訴人の本件ビラ配布行為をとらえて不当な懲戒処分をなし、見せしめにするとともに、一切のビラ配布を許さない弾圧的態度を全職場に宣伝していつた。これが控訴会社の本件譴責処分の狙いであつたのである。

なお、控訴会社は被控訴人のような労使協調路線に反対する自覚的な活動家、共産党員およびその同調者を〈特〉(まる特)者と呼んで差別し、これを公私にわたつて監視して孤立させ、企業から排除することを目的とする特別の労務管理を行つているものである。

(四)  なお、被控訴人の本件ビラの配布は、被控訴人が組合員たる地位においてなしたもので、正当な組合活動である。すなわち組合員個人の活動は、それが組合員有志の形でなされようと、親睦会であろうと、また政党員である一面を有していようと差異はなく、使用者はかゝる個人の活動を、組合が組合の名でなす活動、組合の執行機関による活動、組合の指示による組合員の活動等と別異に扱うべきいわれはないから、被控訴人の本件ビラ配布行為についても、組合が組合の名でなした場合と同様に扱うべきである。また組合員が個人としてなし得る活動には、組合の執行部批判は勿論のこと、会社の経営批判、労務政策批判をも含まれるところ、被控訴人の本件ビラ配布行為は会社の労務政策およびこれに迎合する組合の姿勢に批判を加え、これによつて組合員の意識の向上を訴えたものであるから、正当な活動形態に属するものである。

(五)  原判決一二枚表一一、一二行目に各「一〇万円」とあるのをいずれも「三〇万円」と改める。

2  控訴人

(一)  甲第六号証中の「基本給の昇給額および定期昇給制度の実施」と題する部分の記載中、解明三として、「特別の事情ある者の具体的な例として、降格にまで至らないが、懲戒を受けた者」との記載があるが、右解明は、昇給制度に関する労使の団体交渉の席上、「協定書」や「確認事項」の実施にあたり、会社の権限に委ねられた実際の運用について、会社が単なる例示として口頭で説明した内容を組合が教宣のための資料として、その見解に基いて独自に作成したものであつて、その内容につき労使協議のうえ作成したものではなく、ましてや、書面を作成し、かつ労使双方調印したものでもないので、労働協約としての効力を有しないものである。

(二)  被控訴人が控訴会社より本件譴責処分に付せられるに至つた経緯は次のとおりである。

(1) 昭和四一年五月二一日控訴会社尼崎第二発電所職場内において、発行者、配布者不明の「火力No.1」と題するビラ(乙第一八号証)が、同年八月六日姫路第一発電所職場内において発行者、配布者不明の「エネルギー第二号」と題するビラ(乙第一九号証)が、また同月一九日尼崎第二発電所職場内において発行者、配布者不明の「私達の当面の要求」と題するビラ(甲第一九号証)がそれぞれ配布され、それらの内容には控訴会社の従業員の間に不平、不満をあおり、職場に混乱を起させるものがあつた。

(2) そこで、尼崎第二発電所では、所長が所員を食堂に集め、「最近当所内で発行者不明の印刷物が誰かの手によつてひそかに配布されたが、その内容は問題に真面目に取り組むというよりは、従業員間に不平、不満をあおり、職場に混乱を起させるのが狙いであるとみられるものがある。職場の問題についての意見、希望があれば、直属上司に率直に申し出るべきであり、またそれが労使間で話し合うべき問題であれば、正式に組合機関を通じて話し合うのがルールである。このルールを無視して、無責任な文書を職場内に配布することは、その意図、内容の如何を問わず、会社の職場規律を乱すものであつて極めて不都合な行為である。このような不当な行為については、会社としては到底看過することはできず、断固たる措置をとる強い決意を持つている。従業員諸君はこれらの煽動に惑わされることなく、良識をもつて処せられるよう要望する」旨の警告文(甲第一六号証)を読み上げ、また交替勤務者に対しては各職場の主任が同人らに右警告文を読み聞かした。

また姫路第一発電所においても、各課長が課員を集め、同旨の警告をした。

(3) また、組合尼崎第二発電所支部の執行委員会は、八月一九日配布の前記ビラを回収することおよびかゝるビラ配布は認めない旨の決議を行い、これに基づき同年九月一日「配布された発行者不明のビラは、組合の運営ルールを全く無視した一方的な行為であり、また機関不在を印象づけ、組合員と執行機関との遊離を図る無責任極まるものであつて、正常な組合運動とは認められない。執行部としては、画一的な職場常会を通さなければ、組合員の意見反映の場がないとは考えていないし、常に組合員各位に対し窓口を開けている。かかる見地から、今後この種のビラその他の印刷物の配布は一切認めない。なおビラ発行の責任者を明らかにするための調査は今後とも続行する。組合員各位の良識ある判断と理解により労働組合の組織を守り、団結を更に強め、職場の要求等が直ちに執行部に反映できるように機関運営に努めるべく一層のご協力とご理解を願う。」旨の執行部の見解と態度表明を行なつた。

(4) 次いで、昭和四三年一一月一〇日控訴会社兵庫火力事務所の所管する鳴尾、難波、難波新町、西難波、大庄の社宅に発行者、配布者不明の「職場から差別を一掃し、明るい職場と豊かな生活をかちとろう」と題するビラ(乙第一〇号証)約四〇〇枚が配布され、右ビラには「良心的な組合活動家に対し、『村八分』が職場で公然と行われている。差別は単に活動家や共産党だけに対する攻撃であり、より一層の低賃金、無権利状態を押しつける策動であることがわかる。差別を許せば、安月給から抜けだせない。」等の記載があり、いずれも虚構の事実に基づいて控訴会社を中傷誹謗し、徒らに従業員の間に疑心を起させ、職場に混乱を持ち込むものであつた。

(5) さらに同年一二月二一日、兵庫火力事務所の所管する鳴尾、難波、今津、大庄の社宅に発行者、配布者不明の「現代版五人組制度『尼二会』」と題するビラ(甲第二七号証)約四〇〇枚が配布され、右ビラには「尼二会は決して労働者が自主的、民主的に組織し、運営しているものではない。それはすべて会社の方針に基づくものであり、会社の仕業である。要するに、個々の労働者を日常不断に監視し、活動家を差別して労働者を分裂支配しようという会社の労務管理によつてつくられたものである」旨の記載があり、この記載も虚構の事実に基づいて控訴会社を中傷誹謗し、徒らに従業員間に不信感を抱かせ、職場秩序を乱すものであつた。

(6) そこで控訴会社の兵庫火力事務所は管内の尼崎第一、尼崎第二、尼崎第三、尼崎東、姫路第一各発電所の事務課長をして従業員と懇談させるなどして職場に正しい理解を得られるよう努力した。

なお「尼二会」では、幹事名で同年一二月一五日付「尼二会とは」と題する書面(甲第八号証)を作成して、尼崎第一、尼崎第二、尼崎第三、尼崎東各発電所の従業員間に配布し、尼二会は共産党に奉仕する者やその同調者とは相い入れない者が集つて、明るい職場、正しい組合を創り出すために結成された職場の従業員による民主的な親睦団体である旨を説明した。

(7) ところが、昭和四三年一二月三一日夜半から昭和四四年一月一日未明にかけて、控訴会社の鳴尾、大庄、今津の各社宅に発行者、配布者を明らかにしない本件ビラ(甲第一号証)約三五〇枚が配布された。右ビラは原審で主張のとおり、その表現においても、また内容においても、一読して明らかなように、控訴会社を中傷誹謗するものであつて、全体として、控訴会社の従業員およびその家族の会社に対する不信感の醸成を企図するものであり、控訴会社について、虚偽の事実また誇張歪曲した事実もしくは独自の所説を述べることにより、直接的にまたはその家族を通じて間接的に、従業員に動揺を与え、勤労意欲を害し、ひいては控訴会社の業務の運営を阻害するものであつた。

(8) 被控訴人は本件ビラの作成に関与し、自らも昭和四四年一月一日未明ひそかに人目をはばかつて大庄社宅にこれを配布した。しかるに、この件につき尼崎第二発電所事務課長武藤義也が同月四日被控訴人に対し、本件ビラ配布の事実を質した際には、被控訴人配布の目撃者がいたにもかかわらず、配布の事実を強く否定してビラ配布の責任を回避する態度に出た。その後同月一四日から一七日にかけて控訴会社の鳴尾、大庄、今津、難波九条、北難波六号、西谷、難波新町二号の各社宅に、日本共産党関電尼崎火力支部作成名義の「尼二の『K』さん会社に不当訊問される」と題するビラ(乙第二〇号証)約三五〇枚が配布され、右ビラには「会社は労働者一人一人を会社のスパイにして労働者同志が監視し合い、いがみ合うように仕向けてきている。職場は暗いし、給料は安い。不満の種のつきない職場の現実は、まさにこうゆう労務管理の結果である。」旨の記載があるが、被控訴人も自らこれを社宅に配布した。そこで、前記武藤事務課長は同月二二日再度被控訴人に対し本件ビラ配布の事実を質したところ被控訴人は配布の事実を認めたけれども、会社とは関係がない旨申し向け、一向に反省の色をみせなかつた。

(9) 控訴会社は同月二九日付で、「管下社員に対し、会社を中傷誹謗する文書の配布行為の厳禁を重ねて徹底するとともに職場規律の確立に一段の努力を払われるよう命により通知する。」旨の社長室担当支配人通達(乙第二一号証)を発し、また兵庫火力事務所においても、管内従業員に対し、同旨の注意を行なつた。

(10) 控訴会社は、被控訴人の本件ビラ(甲第一号証)配布行為は従業員として「特に不都合な行為」にあたり、また本人には何ら反省の色がみえず、かつ職場規律の確立のため看過し得ないものと認めて、同年一月三一日将来を戒めるべく被控訴人を譴責処分に付したものである。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一  被控訴人が昭和四四年一月当時控訴会社尼崎第二発電所に勤務する控訴会社の従業員であり、かつ控訴会社従業員をもつて組織する関西電力労働組合(以下、単に組合ともいう。)尼崎第二発電所支部に所属する組合員であつたこと、就業規則第七八条が別紙(二)記載のとおりであること、被控訴人が昭和四四年一月一日別紙(一)記載の本件ビラを尼崎地区の控訴会社社宅に配布したところ、その行為が就業規則第七八条第五号に該当するとして、同年一月三一日、控訴会社から譴責の懲戒処分を受けたことはいずれも当事者間に争いがなく、原審および当審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人は工業高校を卒業し、昭和三〇年四月に定期採用者として控訴会社に雇用され、その後昭和四九年までは控訴会社尼崎第二発電所の、また昭和五〇年からは尼崎東発電所の各技術者として勤務し、補修課機械係に配属されている者であることが認められる。

二  控訴人は、本訴のうち譴責処分無効確認の訴は、確認の利益を欠き不適法として却下を免れないと主張するので、まずこの点について検討する。

1  成立に争いのない乙第二号証によれば、就業規則第七九条に「懲戒は、次の六種とし、その行為の軽重に従つて行なう。(1)けん責(2)減給……」と規定していることが認められる。譴責処分は従業員に始末書を提出させもしくは提出させることなく将来を戒しめる懲戒方法であるから、会社が就業規則を適用してなす判断ではあるけれども、懲戒解雇処分や出勤停止処分等とは異なり、それ自体で、直接的に会社と従業員間の権利または法律関係を設定、変更もしくは消滅させることはない。

2  ところで、成立に争いのない甲第三一、第三二号証、乙第七、第八、第一七号証、原審証人村松一の証言によつて成立を認める甲第六号証、原審および当審証人武藤義也、同審証人大土井貞夫、原審証人村松一の各証言、原審および当審における被控訴本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  控訴会社と組合との間に基本給の昇給および基本給の定期昇給制度についての協定が締結されているが、右各協定書の中には、特別の事情のある者に対しては通常以下に定めた低額の基準表が適用される旨の規定があり、また右の特別の事情ある者とは、当該資格段階に相当する能力を有しながら、その成果を発揮しなかつた者および勤務態度が著しく不良の者等をいうとの規定がある。そして、右協定締結の際における会社側の組合に対する責任ある説明(以下、これを「解明」という。)では、特別の事情ある者の例示として、降格にまで至らないが、懲戒を受けた者があげられている。

(二)  控訴会社と組合との間に資格制度に対する覚書が交されているが、それに付帯する確認事項第4項中には「精神障害、身体障害、懲戒処分その他により当該資格段階に期待されている職務能力を欠き、もしくは、その能力の発揮を会社として期待しえない状況に至つた場合は降格させる。」との規定がある。

(三)  また控訴会社には社員永年勤続表彰規定があり、その中に「第二条 永年勤続表彰は社員が勤続年数満一〇年に達したとき及びこれに五年を累加した勤続年数に達した都度行なうものとする。但し、懲戒処分を受けたものに対しては次期の表彰該当勤務年数に達したときに限りこれを表彰しないことがある。」「第四条 副賞金は次に定めるところに従い勤続年数に応じて授与するものとする……勤続満一五年のもの一五、〇〇〇円」と規定があり、運用上も右規定のとおり懲戒処分を受けていない者は全員表彰されているが、懲戒処分を受けた者はその約半数が表彰されていない。

(四)  また、懲戒処分(譴責処分を含む)を受けた者は、履歴書に記入される。そして業務に精励し勤務成績優良であるとして、履歴が抹消されない限り、その記録はそのまま残り、種々な資料に供される。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  右のように、控訴会社においては、懲戒処分を受けたことにより、その被処分者が人事考課の面で不利益を被むるであろうことは推測するに難くなく、しかも、昇給、昇格、永年勤続表彰等にあたつても、不利益な取扱いを受けることがある旨を労働協約(前記「解明」を含む。以下同じ)ないし就業規則中に規定している。そして、原審および当審における被控訴本人尋問の結果によれば、本件譴責処分を受けた以後における被控訴人の昇給額は、常に最低ランクに属し、被控訴人は譴責処分を受けたが故に、勤続年数一五年目の永年勤続表彰を受けることができなかつた(しかして、副賞金の支給をも受けられなかつた)ことが認められる。以上のように、懲戒処分を受けた者は、そのことの故に、給与その他の待遇の面で種々の不利益を強いられ、または強いられるかも知れないという派生的法効果を免れ得ないものであることが認められる。ところで、このような法効果は適法な懲戒処分を受けた場合にのみ招来されるべきもので、懲戒処分が不適法になされたものであるにもかかわらず、もし、会社がそれを適法な処分であると誤解しているような場合には、この誤解に基づいてなされる種々の不利益取扱いはすべて違法ないし無効である。したがつて、もし不適法な懲戒処分がなされた場合には、その都度紛争を解決する必要を生ずるが、紛争の内容を具体的に特定できないために、一定の権利または法律関係の存否の訴を提起することの困難な場合もあり、その処分を要件とする種々な不利益取扱いはすべて違法ないし無効である旨を宣言する意味において、直接に紛争のかなめをなす当該懲戒処分それ自体の無効を確認することもまた紛争の抜本的な解決に役立つものと解される。

4  以上に説示したように本件譴責処分は、上司の単なる注意、訓戒とは異なり、控訴会社と被控訴人間の労働契約の内容の一部をなす就業規則を適用してなされたいわゆる懲戒処分であるが、同処分は人事考課の面で被処分者に不利益を与える危険があるばかりでなく、その処分を要件にして、労働協約あるいは就業規則の規定を適用することにより、派生的に被処分者の労働契約上の地位ないし待遇に不利益な影響を及ぼすことが可能である。したがつて、右処分の違法を信ずる被処分者は、右のような不利益を避けるため、右処分が適法なものとして取扱われるのを防止すべく、同処分の無効確認を求める法律上の利益を有するものと解すべきである。よつて、控訴人の本案前の抗弁は採用するに由ない。

三  そこで本件譴責処分の当否について判断する。

1  本件譴責処分がなされるに至つた経緯

(一)  成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第一九、第二〇、第二一、第二五、第二六号証、乙第三、第四、第一〇、第二〇、第二一、第二二号証、原審証人村松一の証言により成立を認める甲第一八号証、原審および当審証人武藤義也の証言によつて成立を認める甲第八、第一六、第二七号証、乙第一八、第一九号証、原審証人松山恒太、同村松一、同杉野浩次、原審および当審証人武藤義也の各証言、原審および当審における被控訴本人尋問の結果(一部)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、

(1) 被控訴人は昭和三四年組合の機関である本部委員会の本部委員に就任したのをはじめとして、昭和三五年以降昭和四一年まで(ただし、昭和四〇年を除く)支部執行委員あるいは地区大会の代議員、本部大会の代議員、電労連大会の代議員らの役職を歴任した。昭和四〇年度および昭和四二年度においては、地区代議員、支部執行委員、本部代議員等に立候補したが、いずれも落選し、その後は組合の役員にはついていない。

被控訴人は組合の役職について以来、控訴会社の意図する労使協調路線を批判し、組合の階級強化を目指して活動し、会社が導入した職務給制度に対しては組合の団結を弱めるものと強く反論し、また会社の提唱した生産性向上運動に対しては労働強化を招くものと反対してきたが、被控訴人が昭和四二年度の役員選挙に落選した後は、被控訴人が選挙に落選したのは、会社が組合の強化を企図する組合員を排除するために設けた尼二会(この会が共産主義に同調する者とは相い入れない職場の従業員(役付を除く)らによつて自主的に結成された親睦団体であることは後記説示のとおりである。)の妨害行為によるものと思い込み、会社に対して強い憤りを覚えるとともに、組合の会社に対する姿勢に対しても協調的であるとしてひどく批判的であつた。

(2) 一方、昭和四一年五月二一日に控訴会社尼崎第二発電所職場内において、発行者、配布者不明の「火力No.1」と題するビラ(乙第一八号証)が、同年八月六日に姫路第一発電所職場内において発行者、配布者不明の「エネルギー第二号」と題するビラ(乙第一九号証)が、また同月一九日には尼崎第二発電所職場内において発行者、配布者不明の「私達の当面の要求」と題するビラ(甲第一九号証)がそれぞれ配布され、それらの内容には、問題を正しく把握せず、従業員間に不平、不満を煽るおそれのあるものがあつた。

(3) そこで、尼崎第二発電所では、兵庫火力事務所の指示により、同年九月三日所長が所員を食堂に集め、「最近、当所内で発行者不明の『火力』および『私達の当面の要求』という印刷物が何者かによつてひそかに配布された。この印刷物には職場に関するいろいろな問題がとりあげられているが、その内容は問題に真面目に取り組むというよりは、従業員の間に不平、不満をあおり、職場に混乱を起させるのが狙いであるとみられるものがある。職場の問題についての意見、希望があれば、直属上司に率直に申し出るべきであり、またこれが労使間において話し合うべきものであれば、正式に組合機関を通じて話し合うのがルールである。このルールを無視して、無責任な文書を職場内に配布することは、その意図、内容のいかんを問わず、職場規律を乱す極めて不都合な行為である。このような不当な行為は会社としては到底看過することができず、断固たる措置をとる強い決意である。従業員諸君はこれらの煽動に惑わされることなく、良識をもつて処せられるよう要望する。」旨の警告文(甲第一六号証)を読み上げ、交替勤務者については、同人らの面前で各職場の主任が同文を読み上げた。また姫路第一発電所はおいても、各課長が課員を集め、同旨の警告をした。

(4) また、組合尼崎第二発電所支部の執行委員会は、同年八月二九日前記「私達の当面の要求」と題するビラを回収することおよびかかるビラの配布は一切認めない旨の決議を行ない、この決議に基づき同年九月一日「今回配布された発行者不明のビラは、組合の運営ルールを全く無視した一方的な行為であり、また機関不在を印象づけ、組合員と執行機関との遊離をはかる無責任極まるものであつて、正常な組合運動とは認められない。執行部としては、職場常会を通さなければ、組合員の意見反映の場がないとは考えていないし、常に組合員各位に対し窓口を開けている。かかる見地から、今後この種のビラその他の印刷物の配布は一切認めない。組合の団結を阻害し、組織を破壊するような行為については、今後とも厳しい姿勢で臨んで行くことを表明する。一層のご協力とご理解を願う。」旨の執行部の見解と態度表明を行なつた。

(5) 次いで昭和四三年一一月一〇日、控訴会社兵庫火力事務所の所管する鳴尾、難波、難波新町、西難波、大庄の社宅に、発行者、配布者不明の「職場から差別を一掃し明るい職場と豊かな生活をかちとろう」と題するビラ(乙第一〇号証)約四〇〇枚が配布され、右ビラには「良心的な組合活動家に対し『村八分』が職場で公然と行われている。差別は単に活動家や共産党だけに対する攻撃ではなく職場の労働者全体に対する攻撃であり、より一層の低賃金、無権利状態を押しつける策動であることがわかる。彼らは今、一九七〇年の安保改訂を口にしながら、ありもしない暴力革命の危険を理由に、その総仕上げをやろうとしている。」とか「差別を許せば、安月給から抜けだせない。今職場では活動家に対する不法、不当な差別、村八分を柱として、その他気狂じみた労働者抑圧の策動が様々になされている。」などの記載があつた。

(6) さらに、同年一二月二一日兵庫火力事務所の所管する鳴尾、難波、今津、大庄の社宅に発行者、配布者不明(もつとも、被控訴人は後日、その作成に自らも関与したことを認めた)の「現代版五人組制度『尼二会』」と題するビラ(甲第二七号証)約四〇〇枚が配布され、右ビラには「尼二会は決して労働者が自主的、民主的に組織し、運営しているものではない。それはすべて会社の方針に基づくものであり、会社の仕業である。要するに、個々の労働者を日常不断に監視し、活動家を差別して労働者を分裂支配しようという会社の労務管理によつてつくられたものである。」旨の記載があつた。

(7) これらのビラの内容には、事実に符合しないもの、あるいは事実を殊更に誇張し、歪曲したものが多いので、これらを正して従業員の疑心を払拭すべく、兵庫火力事務所は同年一二月管内の尼崎第一、尼崎第二、尼崎第三、尼崎東、姫路第一各発電所の事務課長をして従業員と懇談させるなどして、職場に正しい理解を得られるように努めた。

なお、尼二会では幹事名で同年一二月二五日「尼二会とは」と題する書面(甲第八号証)を作成して、尼崎第一、尼崎第二、尼崎第三、尼崎東各発電所の従業員に配布し、「尼二会は職場のなかで革命によつて現体制を破壊しようとする共産思想を植えつけ、共産党に奉仕する者やその同調者とは相い入れない者が一緒になつて“明るい職場”、“正しい組合”を創り出すために生れた職場の従業員(役付を除く)による民主的な親睦団体である。」旨を説明した。

(8) ところが、同年一二月三一日夜半から昭和四四年一月一日未明にかけて、控訴会社の鳴尾、大庄、今津の社宅に発行者、配布者を明らかにしない本件ビラ(甲第一号証)約三五〇枚が配布された。被控訴人は控訴会社の従業員奥山民男数名と本件ビラの作成に関与し、自らも同年一月一日未明ひそかに大庄社宅にこれを配布した。しかるに、尼崎第二発電所事務課長武藤義也が同月四日本件ビラ配布の事実を質した際には、被控訴人が配布していた現場を目撃した従業員がいたのに、配布の事実を否定して、本件ビラ配布の責任を回避する態度に出た。その後同月一五日頃控訴会社の鳴尾、大庄、今津等の社宅に日本共産党関電尼崎火力支部発行名義の「尼二の『K』さん会社に不当訊問さる」と題するビラ(乙第二〇号証)約三五〇枚が配布され、右ビラには「会社は労働者一人ひとりを会社のスパイにして労働者同志が監視し合い、いがみ合うように仕向けて来ている。職場は暗いし給料は安い。不満の種のつきない職場の現実は、まさにこうゆう労務管理の結果である。」旨の記載があるが、被控訴人も自らこれを社宅に配布した。

そこで、武藤事務課長は同月二二日再度被控訴人に対し右ビラを示して本件ビラ配布の事実を質したところ、被控訴人は配布の事実を認めたものの、会社とは何ら関係がない旨申し向け、全く反省の色を示さなかつた。そこで同課長は、右の事実を同発電所の所長、次長に報告するとともに兵庫火力事務所へ報告した。

右報告を受けた兵庫火力事務所は、本件ビラは会社を中傷誹謗し、会社と従業員間の信頼関係を破壊する不当なビラであり、従業員でありながら、右のようなビラを深夜ひそかに配布することは就業規則の懲戒事由に該当するとして、事案概要書、現認者の現認書、事務課長の事情聴取書、本件ビラを添え、控訴会社社長宛被控訴人の懲戒内申を行なつた。

(9) 控訴会社では、右内申を受けて、賞罰委員会に付議することに決定した。右委員会の担当機関は、事実を調査し、ビラの内容に検討を加え、法律問題についても専門家の意見を聴取したうえで、同年一月二九日右委員会を開催した。被控訴人は右委員会に出席し、事案について説明あるいは返答を行ない、かつ意見を述べた。右委員会は審議の結果「被控訴人は一方的解釈をもつて会社を中傷誹謗したビラを作成し、深夜ひそかに当社社宅に多数配布した。この行為は、従業員およびその家族の会社に対する不信感の醸成を企図するものであり、会社と従業員との信頼関係を破壊し、ひいては企業秩序の紊乱を招く不都合な行為であつて、就業規則第七八条第五号に該当し、同第七九条第一項第一号の譴責処分に付すべきである。」との結論に達した。

しかして、控訴会社においては、右委員会の決定に基づき、社長の決裁を経て、同月三一日兵庫火力事務所長を通じて、被控訴人に対し、右懲戒理由を口頭で説明し、被控訴人を譴責に付する旨の辞令を交付した。

(10) 被控訴人は、同年三月六日頃本件懲戒処分を不服として労働協約の定めに従い本部苦情処理委員会に対し苦情の申立を行なつたが、右申立は同年四月二一日付で理由なしとして却下された。

(11) 控訴会社は、被控訴人を譴責処分に付したことならびにその理由について社報に掲載したほか、それ以前の同年一月二九日本件ビラ配布行為に関し、社長室担当支配人から「社員の自覚と職場規律の確立について」と題する通達(乙第二一号証)を発行するとともに、兵庫火力事務所長からも右と同様の内容の達示を同所管内の従業員全員に交付した。

(12) 組合は、前記賞罰委員会の開催について連絡を受けたが、本件ビラ配布行為は組合機関の指示によつて行なつたものではなく、また組合員としての行為とも認められないので組合は関知しない旨を述べ、同委員会における意見陳述の権利を放棄した。また組合の機関紙「つながり」同年二月五日号(同第一八号証)は、本件ビラ配布行為について、組織の破壊分裂をねらうものであり、ビラの内容およびこの種の行為は決して許されるものではないとの見解を述べている。

以上の事実が認められ、原審証人松村一の証言、原審および当審における被控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  勤務外の行為に対する懲戒の適否

被控訴人は、本件ビラ配布は、勤務時間外に、会社施設を離れてなしたものであるから、社会の労働指揮権、施設管理権と抵触する余地はなく、したがつて、懲戒処分の対象とはなり得ない旨主張する。なるほど、本件ビラ配布は、被控訴人が勤務時間外に、職場以外の場所でなしたものであること前記認定のとおりである。しかし、労働者は使用者と労働契約を締結するに際しては、使用者に対して労働を提供することを約するほかに、黙示的に使用者に対して使用者の利益を不当に侵害しないように行為することをも約するものというべきであるから、労働契約を締結した以上、その付随的義務として、企業の内外を問わず、ひろく使用者の利益を不当に侵害してはならないのは勿論、不当に侵害するおそれのある行為をも慎むべき忠実義務を負うものと解すべきである。しかして、たとえ企業外で就業時間外になされた行為であつても、その行為が使用者に及ぼす影響いかんによつては懲戒処分の対象となりうるものと解すべきである。よつて被控訴人の右主張は採用できない。

3  本件ビラの内容の当否

控訴人は、本件ビラの内容は被控訴人の一方的解釈をもつて会社を中傷誹謗したものであると主張するのに対し、被控訴人はこれを争うので果して本件ビラの内容が会社を中傷誹謗するものであるか否かについて検討する。

(一)会社が七〇年革命説ないし暴動説を唱えて反共宣伝をしている(ビラの第一節)との点について

成立に争いのない甲第五号証、第二二号証、原審証人村松一の証言によつて成立を認める甲第四号証、右証人の証言、原審および当審における被控訴本人尋問の結果によれば、会社が昭和四三年三月労働協約改訂を交渉していた席上「企業防衛条項」挿入に関し、昭和四五年(一九七〇年)になれば社会的な困難が発生し、ひいては会社の発電所、変電所に対し、破壊活動がなされるおそれがあり、万一このような事態が発生した場合には、労使協力して企業防衛にあたるべきことを組合に対して説明しており、組合もこのことにつき一応の理解を示していること、また毎日新聞は、会社の判断として安保騒動がエスカレートした場合、一部の破壊分子が送変電施設などを襲撃して停電を起し、社会不安と経済、社会活動のストツプをねらう公算がある旨の記事を掲載していることが認められる。

思うに電気事業が、高度の公益性、公共性を有する以上、会社が右のような危惧を抱いて、労使協力して企業防衛にあたることを組合および従業員に要求することは首肯しうるし、他方、従業員としても、公益事業に携わるものとして、会社の要請に応ずべきことは当然である。

ところで、本件ビラ(甲第一号証)には「会社が一九七〇年革命説を唱えて盛んに反共宣伝をすれば、労働組合は労働組合でこれまた七〇年暴動説をもつて、反電労、共産分子の排斥を言い出すという具合です。」なる表現がなされており、この文言からすれば、一九七〇年において、社会的使命を果さんとする会社の企業方針なり、組合の協力姿勢が打消されてしまうのみならず、かえつて、会社が反共宣伝のみを、また組合が共産分子の排斥のみを一九七〇年のテーマにしたように読み取れ、かくては、社会的使命を果さんとする会社の企業方針に公然と非難を浴びせ、事実を誇張歪曲して会社や組合を攻撃するものであつて、公益性、公共性を有する電力事業に携わる者としての自覚を欠くものといわねばならない。

(二)  差別、村八分を行なつた(ビラの第三節)との点について

前掲甲第六号証、乙第七、第八号証、成立に争いのない甲第七、第八号証、乙第三二、第三三号証、原審証人村松一の証言、原審および当審における被控訴本人尋問の結果を総合すれば次の事実が認められる。すなわち、

控訴会社においては、昭和四一年一一月、会社と組合との協定に基づき資格制度が採用されており、技術者については上位から参事、副参事、技師、副技師、技師補、技手、技術員の系列がある。高校卒技術系の定期採用者は、協約によれば最初技術員の資格に格付けされ、勤続四年ですべて技手に昇格し、技手は、最短者は四年で、さらに一一年(したがつて入社後一五年)で技師補に昇格する(なお、協約締結時の控訴会社の解明によれば、標準者は八年、したがつて入社後一二年で技師補に昇格する)ものとなつている。被控訴人は、昭和三〇年に入社したものであるから、本件ビラ作成当時、入社後一三年を超えており、したがつて、技手としてはすでに標準者の滞留期間を超えていたが、なお技手の資格に留まつていた。被控訴人と同年度に入社した技術者約四〇名のうちで技師補に昇格されずなお技手に留まつていた者は、被控訴人のほかに僅か数名に過ぎなかつた。

また昭和四一年一一月の会社と組合との協定により、昭和四二年度以後三か年間の基本給の定期昇給制度が定められ、各資格における昇給額のランクたとえば技手のそれは勤務日数一八〇日以上の者についていえば最高一、二〇〇円、標準一、〇〇〇円、最低八〇〇円とする旨が定められた。右制度が実施された昭和四二年度以後における被控訴人の昇給額は、常に右に定められた最低ランクの額であつた。右の事情のほか、基本給の額が資格によつて決められているため、本件ビラ作成当時における被控訴人の賃金は相対的に低額となり、同期の者のうち最高のものに比べると、月額八、八〇〇円も下回るという状態であつた。

尼崎第二発電所において、昭和四二年一二月に、「尼二会」という同職場内の従業員の親睦団体(会員数約三〇〇名)が結成された。尼二会は前記のように明るい職場、正しい組合を作り出すことを標謗しているが、革命によつて現体制を破壊しようとする共産主義者やその同調者(いわゆる日共系グループ)とは思想的に相容れないとして、同人らの入会を禁止している。被控訴人や村松一らは職場の中で専ら共産党に奉仕するものであるとして同会員から除外している。そして結成後は、職場の転出入者の歓送迎会、忘年会、各職場対抗のスポーツ大会、囲碁大会等は勿論、会社の主催する文化祭、体育祭も従業員の大多数を占める同会の会員が事実上差配し、または参加選手の人選にあたつているが、会員以外の者についてはこれらに参加することを歓迎せず、または選手として選出しないので、非会員である被控訴人らは、従前のようにこれらに参加することが極めて困難になつた。もつとも、会社が主催する社員慰安会には被控訴人らも参加している。

また尼二会では、昭和四二年度から同会員のみを組合役員に当選させるようにその組織を利用して選挙活動を行なうようになつたため、会員でない被控訴人らは、組合役員に当選することが極めて困難となつた。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、被控訴人の賃金、および資格が前示のように低位にあるのは、果してそれが会社の不当な差別によるものか、それとも被控訴人の勤務成績のせいであるのか、また尼二会から排除された被控訴人の職場の中で前示のように孤立を余儀なくされているのは、果して会社の意図によるものがあるのか否かについては、いまだこれを断定するに足りる確たる証拠はない。たしかに、前記認定の事情のもとにおいては、現に不遇な立場にある被控訴人としては、これらを会社による不当な差別待遇であると感じ、あるいは会社の意図による孤立化の推進であると考えたくなる気持が忖度できないではないが、前記のように、これらについて確たる証拠がない以上、会社に対し、会社の内外を問わず、会社の利益を不当に侵害し、また侵害するおそれのある行為を差し控えるべき忠実義務を負う被控訴人としては、右のように事実に基づかずして会社を非難攻撃することは慎むべきものといわねばならない。

(三)  給料、賞与が他の会社より低い(ビラ第三節)との点について

前掲甲第六号証、成立に争いのない乙第一一号証の一ないし三、原審村松一の証言によつて成立を認める甲第九ないし第一二号証、原審証人村松一、同松岡喬の各証言、原審および当審における被控訴本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。すなわち

組合の上部団体である電労連加盟組合所属の各組合員の昭和四三年九月現在の基準内賃金等は別紙(五)記載のとおりであつて、基本給だけについていえば九電力会社中最底であるが、控訴会社では基本賃金を基本給と特別給の二元管理をしているため、これを合計した金額並びに基準内賃金では平均以上であり、九電力会社中一・二位にある。また電気事業連合会発表の九電力会社の昭和四二年度および昭和四三年度の賞与金および一時金の合計額は別紙(四)記載のとおりであつて、控訴会社は昭和四二年度においては四位、昭和四三年度においては二位であつた。なお控訴会社では、右のように基本賃金は基本給と特別給の二元管理をしているため、退職金および退職年金現価の落ち込みが予測されるが、この二元管理の実施にあたつては、労使納得のうえで、毎年の昇給において、基本給が低いために退職給付金が低額となることを念頭において、月例賃金の増額を図つてきたもので、将来の賃金である退職金よりは現在の賃金(いわば退職金の先払い)という考え方に立つものであると理解されていた(なお昭和四四年度以降は功績加算金等の特別措置によつて退職時不利益にならないように十分の考慮が払われている。)。次に、昭和四四年度の中労委退職金事情調査によれば、三〇年勤続者の退職金は、電力産業の場合平均六六〇万円であつて、これは控訴会社と同額である。しかし、二元管理による昭和四四年における控訴会社定年者の退職金および退職年金の落ち込みは東京電力に比べて約七〇万円であると組合では説明している。

なお、電力産業の昭和四二年六月度の男子全従業員の基準内賃金の平均賃金は二〇歳未満、二〇歳ないし二四歳の年齢帯においては全産業の平均賃金より低額であるが、その他の年齢帯においてはこれを相当額上回つている。また昭和四三年度男子職員の初任給は、電力産業の場合、全産業平均額よりも僅かながら低額である。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件ビラ作成当時は、少くとも電力会社間においては、控訴会社の給与水準は東京電力のそれよりは多少劣つていたのではないかと推測されないではないが、控訴会社の給与水準がその余の電力会社に比し劣つていたと断定することはできず、被控訴人が「他の会社よりも低い給料、少ない賞与を押しつけられている。」旨表明したことは、事実を歪曲誇張して会社を非難攻撃したものといわざるを得ない。

(四)  既得権を剥奪した(ビラの第三節)との点について

原審証人村松一の証言によつて成立を認める甲第一三ないし第一五号証、原審および当審証人武藤義也の証言、原審および当審における被控訴本人尋問の結果(一部)を総合すれば、次の事実が認められる。

控訴会社の尼崎第一発電所では、昭和四一年三月末までは四班三交替で夜勤を含む勤務体制をとつていたのであるが、同年四月一日からは、休日、日曜および夜間は運転を休止することとなつたため四班制は不要となり、二班三交替ないし三班三交替に改められた。この班数の減少に伴い人員総数は三七〇名から二三〇名に減少したけれども、運転中の各機器のポジシヨン別の人員数はそれ以前と変更はなかつた。したがつて従業員一人当りの業務量は変らず、他方休日、日曜および夜間の勤務が大幅に減少したので、従業員にとつて好ましい勤務体制となつたものであり、もとより労働強化が行われた事実はない。

また控訴会社はかねて理髪補助として、一名一回につき二〇円の補助を行なつていたが、昭和四一年四月頃これを打ち切つた。これは会社と組合本部との話し合いで廃止が決つたもので、その後は、右の費用と同額の資金が他の厚生費に組み入れられている。

さらに尼崎第二発電所では、かねてから会社が洗濯夫を置いて従業員の作業衣を洗濯していた。この制度は尼崎第一発電所と同第二発電所だけで行なわれていたものであるところ、兵庫火力事務所と組合兵庫地区本部、右各発電所と当該組合支部とがそれぞれ協議して、その廃止を合意し、その結果、昭和四三年一一月をもつて廃止された。その代償措置として尼崎第二発電所では電気洗濯機五台を設置して従業員に無料で利用させている。しかし右措置にもかかわらず、右洗濯夫制度の廃止に対しては同発電所従業員の一部には不平をいうものがあつた。

以上の事実が認められ原審および当審における被控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、従来認められていた理髪補助および洗濯夫制度が打ち切られあるいは廃止されたので、これによつて不利益を被つた者の立場からすれば、これらは既得権の取り上げであると言えなくもないが、前示認定の事実よりすれば、理髪補助の打ち切りや洗濯夫制度の廃止は、従業員全体の立場よりみれば、既得権の剥奪ではなく変更にすぎないと認められるから、これらをもつて控訴会社が既得権を不当に取り上げたものとみるのは相当でない。

したがつて、本件ビラにある「会社が……いろいろの既得の権利をとり上げて来た」との部分は、被控訴人が事実を歪曲して会社を非難攻撃したものと認むべきであつて、不都合な文書といわねばならない。

(五)  本件ビラの他の記載部分について

以上のほか、本件ビラの第三節には次の趣旨の各記載がある。

(1) 昨年、会社は差別、村八分をはじめ、およそ常識と法では許されないやり方で労働者をしめあげた。

(2) そこで、私達は、大会社(控訴会社のこと)の正体がどんなに汚いものか、どんなにひどいものかを体で知つてきた。

(3) 今年も、会社は……以前にもましてみにくく、きたないやり方をするでしよう。

これらの文言は、会社が差別、村八分をするに止まらず、それ以外の方法で非常識行為および違法行為を繰り返してきた旨を述べ、将来も亦そのような行為を繰り返すであろうことを予言したものである。しかし、会社がそのような非常識行為および違法行為をなしたことを認めることはできないし、また将来そのような行為が行なわれる危険を認めるに足りる充分な証拠もない。したがつて右の部分もまた被控訴人が事実に基づかず、また確たる証拠もなしに会社を非難攻撃した不都合な文書であると認むべきである。

(六)  以上説示したとおり本件ビラの記載はその大部分は事実に基づかず、あるいは事実を殊更誇張、歪曲したところの不実の記載である。そして、とくに同ビラの第三節(その標題は天に唾はく……会社のやり方)を通読すれば、同ビラが全体として、控訴会社を中傷誹謗していることを認めるに充分である。そしてこれを作成した被控訴人らの意図が、たとえ一九七〇年の安保改訂問題の重要さと、職場における無権利状態を知らせ、会社の政策を批判する動機から出たものであるとしても、前記の労働者としての節度を逸した表現、内容よりみれば、控訴会社を中傷誹謗するものであることに何ら変りはない。

そして、控訴会社の従業員たる被控訴人が会社を中傷誹謗する本件ビラを作成し、かつこれを従業員やその家族に配布することは、労働者として許されない不都合な行為に該ることはいうまでもない。

4  本件譴責処分の適法性

(一)  前記就業規則第七八条第五号は「その他特に不都合な行為があつたとき」と規定し、同条前各号に該当しない不都合な行為のうちその情状において特に不都合な行為のみを懲戒の対象とする旨を定めている。

そこで被控訴人の本件ビラ配布行為が右にいう譴責処分に相当する「特に不都合な行為」に該るか否かについて判断するに、被控訴人は前記のとおり同僚に比し、資格、昇給の面で劣つた待遇を受け、また職場の中で職員間の行事にも出席困難な状況にあつたので、これらについてとくに不満ないし疑問を抱いていたものと推認できる。かかる場合、会社としては、そのような被控訴人の不満ないし疑問に対して充分納得のいく措置を講じてこれを解消させるべき配慮が必要であつたのに、そのような配慮を尽したことを認むべき証拠は何一つない。したがつて、このような控訴会社の態度もまた、被控訴人に本件ビラを配布せしめるに至つた一因であると考えられないではない。しかしながら、前記認定の諸事情を勘案すると、被控訴人の本件ビラ配布行為は公益性、公共性を有する電気事情に携わる労働者としての節度を超えるものであり、従業員の会社に対する不信感を醸成し、企業秩序を乱し、または乱すおそれがあつたもので、殊に前記の本件ビラ配布に至つた経緯に照せばその情状において決して悪質でないとはいえないから、就業規則第七八条第五号にいう「特に不都合な行為」に該ると認めても、何ら差し支えなく、これを理由に被控訴人を譴責処分に付したとしても懲戒権者に任された裁量権の範囲を超えるものとは認められない。しかして本件譴責処分は適法であり有効であるというべきである。

(二)  被控訴人は、本件ビラの配布行為は憲法第二一条で保障された表現の自由の行使であつて責任を問われるいわれはないと主張する。

思うに憲法第二一条の保障する言論その他の表現の自由は民主政治の基盤をなす基本的権利であつて、みだりに制限すべきものでないことはいうまでもない。しかし表現の自由と雖も、それが社会生活における規律を乱すものであるときは、右行為に対して制裁を課することは社会秩序を維持する必要上やむを得ないところである。そして、企業と労働契約を結んだ者は職場の規律を守り誠実に労務を提供すべき契約上の義務を負うものであり、もし、本件のように事実に基づかずあるいは殊更に事実を誇張歪曲して企業を中傷誹謗するビラを作成し、配布し得るものとすれば、これによつて従業員の企業に対する不信感を醸成し、ひいては企業秩序を乱すおそれがあるから、企業において、かかるビラ配布行為に対して制裁を課することは合理的理由があるものというべきであり、これをもつて従業員の言論その他表現の自由を不当に制限するものとはいい得ない。しかして、被控訴人のビラ配布行為は労働契約上の忠実義務に違反するとして、これを理由に被控訴人を問責することは何ら憲法第二一条に違反するものではない。

(三)  被控訴人は本件譴責処分は、被控訴人の思想、信条を理由とする差別的取扱いであつて、労働基準法第三条に違反する旨主張する。

前掲乙第二〇号証、原審および当審における被控訴本人尋問の結果によれば、被控訴人が日本共産党の標榜する共産主義に同調する思想、信条の持主であることを推認するに難くない(なお当審証人速水二郎の証言およびこの証言によつて成立を認める甲第二八号証の二、同第三五号証によると、当時控訴会社の兵庫、西宮、尼崎、明石、淡路各営業所では、右のような思想、信条の持主を〈特〉(まる特)者と呼び、特別の労務管理を行つていたことが窺われるが、当時尼崎第二発電所において被控訴人らに対し右のような扱いがなされていたことを認めるに足りる証拠はない。)。

しかしながら、被控訴人は前記認定のように、良識ある労働者としての節度を超えた不都合な行為をなし、従業員に会社に対する不信感を醸成させ、企業秩序を乱し、もしくは乱さんとしたものであつて、たとえ右行為が特定の思想、信条の表われであるとしても、右行為をもつて直ちに思想、信条そのものと同一視することは許されないのみならず、右行為が控訴会社の就業規則に違反し、懲戒事由に該当するものであることはすでに説示したとおりであるから、これを事由に譴責処分に付せられたとしてもやむを得ないところであり、これをもつて、思想、信条を理由とする差別的取扱いであるということはできない。他に、前記懲戒事由が単に形式的なものであつて、その実は被控訴人の思想、信条を理由とする差別的取扱いであると認めしめるような証拠はない。しかして、被控訴人の右主張も理由がない。

(四)  なお被控訴人は、本件譴責処分は被控訴人の正当な組合活動に対する支配介入であつて不当労働行為であると主張する。

被控訴人が控訴会社従業員をもつて組織する関西電力労働組合尼崎第二発電所支部に所属する組合員であつて、昭和三四年本部委員会の本部委員に就任したのをはじめとし、昭和三五年以降昭和四一年まで(ただし、昭和四〇年を除く)、支部執行委員あるいは地区大会の代議員、本部大会の代議員、電労連大会の代議員等の役職に選任された経歴を有するものであること、そして、昭和四二年以降は全く組合の役職についていないことはすでに説示したとおりである。

しかし、組合員の組合活動が正当なものといい得るためには、それにつき組合の明示もしくは黙示の承認があり、または承認があるものとみることが労働常識上是認され、使用者にこれを受忍させることが労使対等の原則上妥当と認められるものであることを要するところ、組合は昭和四一年九月組合の運営ルールを無視する発行者不明のビラ配布行為は組合の統制を乱すもので、正当な組合活動とは認められないから厳に慎しむようにとの執行部見解を発表し、また控訴会社から本件懲戒事案について、賞罰委員会開催の連絡を受けた際にも被控訴人の本件ビラ配布行為は組合機関の指示によつてなされたものではなく、また組合員としての行為とも、認められないので、組合は関知しない旨述べて、組合の同委員会における意見陳述の権利を放棄し、さらにその機関紙にも、被控訴人の本件ビラ配布行為は組織の破壊分裂をねらうものであり、かかる行為は許されないとの見解を述べていることはすでに認定したとおりであり、これらの事実に前記説示の本件ビラの内容および発行者を秘匿し、しかも深夜人目にふれないように配布するというような配布の態様等をも併せ考えると、被控訴人の本件ビラ配布行為は、被控訴人が組合員として控訴会社の労務政策を批判し、労働者の経済的地位の向上を目指し、団結強化のためになされたものというよりは、むしろ、主として従業員の企業に対する不信感を醸成することを目的としてなされたものと推認するのを相当とし、正当な組合活動とは到底認め得ない。

すると、被控訴人の右行為が正当な組合活動であり、これに支配介入したことが不当労働行為であるとする被控訴人の右主張はすでにその前提において失当たるを免れない。

四  最後に、被控訴人の慰藉料請求の点について判断する。

控訴人のなした本件譴責処分が適法になされたものであることは前記説示したとおりであるから、右処分が違法であることを前提とする被控訴人の右請求は爾余の点について判断するまでもなく理由がないものといわねばならない。

五  以上のとおりだとすると、被控訴人の本訴請求(当審で拡張した部分も含めて)はいずれも理由がないからこれを棄却すべく、これと結論を異にする原判決は一部失当であるから、民訴法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大野千里 鍬守正一 石田眞)

別紙(一)

関電の労働者のみなさん ことしも宣しく……。

一九六九年を力を合せ素晴しい年に

一九六九年明けましておめでとうございます。

「西に万博、東に安保」と新聞、ラジオがいう一九七〇年を後一年に控えた年が明けました。今、私達の生活にはいろいろな形で「一九七〇年」がかかわり合い、それを抜きにしてはものごとが考えられないような勢いです。たとえば会社が一九七〇年革命説を唱えて盛んに反共宣伝をすれば、労働組合は労働組合でこれまた七〇年暴動説をもつて反電労、共産分子の排斥を言い出すという具合です。

一九七〇年とは……

ご存知のように、一九七〇年は安保条約の一方的終了通告をすることが条約上可能になる時です。いいかえれば、

七〇年こそ、「安保条約に基く日米軍事同盟をこのまま存続させる」か、「安保をなくして独立、民主、平和、中立の道を選ぶ」か、ということがいやおうなしに選択を迫られる時なのです。それは、会社や組合がいう革命、暴動の時ではなく、私達の国と私達の生活の一つの岐路とも言うべき時です。

続かせてはならない

啄木のなげき

いうまでもなく、政府や自民党あるいはそのスポンサー「資本家」達は、七〇年を機にわが国をより一層戦争の道に向わせ、その中で自分達はガツポリ儲けようとしています。そのためその前年たることしは、職場をはじめ様々なところで、民主的権利の圧迫や安月給の固定化、あるいは労働条件の悪化や生活苦を広め、強めようとするに違いありません。「働けど働けど、わが暮し楽にならざり……」という啄木の歎きを実感で味わう状態がなおも続き、なおも深刻になる危険があります。しかし、私達はそのような資本家―会社のやり方を甘んじて受け歯をくいしばつて困苦に耐える必要もなければ、その気持もありません。彼らが日本の繁栄をかたつて私達をしぼり上げるなら、私達は平和、独立、民主主義、生活向上を叫び、明るい職場を叫んでこれに対し、七〇年をそれこそ真の繁栄の一里塚とするでしよう。ことしはその大切な第一歩です。

天に唾はく……

会社のやり方

昨年会社は差別、村八分をはじめ、およそ常識と法では許されないやり方で労働者をしめ上げ、それを足場によその会社より低い給料、少ない賞与を押しつけ、いろいろな既得の権利をとり上げて来ました。その結果、私達は日本有数の大会社の正体がどんなにきたないものか、どんなにひどいものかを体で知つて来ました。もう会社にだまされる労働者はいません。会社は前に言つたような状況の中でことしこそ以前にもましてみにくく、きたないやり方をするでしよう。労働者はそうであればある程益々不満と反抗を示し、会社が村八分している職場の活動家といろいろな形で結びつき、会社の悪だくみや策動をひとつひとつ公然と暴露して行かなければなりません。会社はそのことを最も恐れています。

さあ 頑張りましよう。 私達は決して負けてはいません。みんなで力を合せ、心を合せて会社のやり方を白日のもとに明らかにし、その一つひとつを叩きつぶしましよう。会社は自分で自分の首をしめているのです。

「天に向つて唾するもの、還りて己が面を汚す」とは関西電力の事です。

――蟻の穴から堤は崩れる――

一九六九年 元旦

別紙(二)

就業規則

第七八条 社員が、次の各号の一に該当する場合は懲戒委員会の議を経て懲戒する。

1、職務を怠り又は会社の諸規定、命令に違反したとき。

2、会社の体面をけがしたとき。

3、故意又は重大な過失によつて会社にはなはだしい不利益を及ぼしたとき。

4、氏名又は履歴をいつわり、その他詐術を用いたとき。

5、その他特に不都合な行為があつたとき。

別紙(三)~(五)〈省略〉

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 被告が昭和四四年一月三一日付で原告に対してなした譴責処分が無効であることを確認する。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一原告の求めた裁判

(一) 主文第一項同旨。

(二) 被告は原告に対し一〇万円を支払え。

(三) 訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

第二被告の求めた裁判

一 本案前の抗弁

本件訴のうち、譴責処分無効確認部分の訴を却下するとの判決。

二 本案についての裁判

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第三原告の主張

一 原告は、被告関西電力株式会社(以下被告会社もしくは会社という)尼崎第二発電所に勤務する被告会社従業員であり、かつ被告会社従業員をもつて組織する関西電力労働組合(以下組合という)尼崎第二発電所支部に所属する組合員である。原告は昭和四四年一月三一日被告会社から譴責の懲戒処分(以下本件譴責処分もしくは懲戒処分という)を受けた。その理由は、原告が昭和四四年元旦別紙添付(一)の「一九六九年を力を合わせて素晴らしい年に……」と題するビラ(以下本件ビラという)を尼崎地区の被告会社社宅に配布したことが、被告会社就業規則(以下就業規則という)七八条五号に該当するというにある。

二 本件譴責処分は、以下の理由により不適法であり無効である。

(一) 被告会社就業規則七八条は、別紙(二)のとおりであるが、就業規則は、労働契約上の債権としての労働指揮権、企業施設に対する物的管理権の各合理的範囲を超えて適用することは許されないものである。したがつて、勤務時間外に会社施設を離れて行なつた原告の本件ビラ配布は、労務指揮権、施設管理権と抵触する余地はなく、これに対して、就業規則の懲戒規程を適用するに由ない。

(二) 懲戒事由不該当

1 本件ビラの内容は、安保改訂期を一年後にひかえた昭和四四年(一九六九年)の新年にあたり、一九七〇年問題の重要さと職場における労働者の低賃金、無権利の状態を訴えた正当なものであり、その配布行為は憲法で保障された表現の自由の行使であつてなんら問責されるいわれはないものである。

2 右の内容は、次に述べるとおりすべて真実にもとづいて書かれたものであり、会社を中傷誹謗するものではない。

(1) 右ビラの第一節にある七〇年暴動説は、会社の発刊する労務資料、会社が実施した社員教育、昭和四三年三月組合との労働協約改訂交渉における「企業防衛条項」挿入に対する会社主張、昭和四四年二月一一日付毎日新聞掲載「関電の安保対策」等で、会社が繰返し述べているものである。その主張する内容は、真実を歪曲し、恐怖心をおこさせることを目的とした偏見に満ちたもので真実に反する。

(2) 活動家に対する差別、村八分については以下のような事例がある。

〈1〉 活動家は仕事や勤務状態は、なんら他の従業員とそん色がないにもかかわらず、昇格はされず、昇給は最低である。原告の場合、当該職場においては、最古参で仕事の中心でありながら、資格は「技手」である。原告の同期生で、この資格に留まつているのは、活動家である三人を除いては一人もおらず、他の者は全員一級上で「技師補」になつている。原告の毎年の昇給も、労使協議してきめられた最低額で、その額は、後輩が殆んどを占める当該職場のなかにおいてすら最低額である。

〈2〉 発電所内で行なわれる文化祭、体育祭における各競技、囲碁大会においては、職場において最高の技能を持つている者さえ活動家とみなされたら、排除され参加を許されない。

〈3〉 原告および仲間の活動家は、職場従業員の親睦を図るための忘年会、送別会等から一切排除されている。

〈4〉 会社は新入社員に対して、原告等の顔写真を見せて、交際は勿論話し合うことさえ禁じ、それに反した者には様々のおどしを加えて原告等活動家との接触を禁じている。

〈5〉 会社は尼二発電所の従業員をして「尼二会」という組織を作らせ、「尼二会」には就業時間内外にわたり会社施設を利用させ、活動家を排除し、差別の対策と活動を行なわせている。「尼二会」は会社と一体となつて活動家の一部に再々にわたり、村八分の解除や人並の昇給をえさに転向を強要し、承認した者には忠誠を証するため過去の活動報告、仲間の売渡しを強要し、ある時は本人の妻が活動家なので、妻をも転向させるかさもなければ離婚するよう脅迫する等の人権無視の行動を行なつている。

(3) 賃金労働条件等が他の産業より低い点についてみると、

〈1〉 電力産業の賃金を他産業と比較した場合、昭和四三年版中労委賃金事情調査を見ても電力の基準内賃金はどの年令をとつても調査産業平均に及ばない。

〈2〉 初任給についてみると、昭和四三年度初任給で、平均大学出三〇、八二六円、高校出二三、六九七円に対し、電力の場合は、大学出三〇、四〇八円、高校出二一、七一一円(東洋経済調)で、特に高校出の場合サービス業を除いて最低である。

〈3〉 全国九電力内の比較をしても、関西電力は東京電力と共に企業内容は頭抜けてよいにもかかわらず、基本給において、九電力平均四四、五二二円に対し、関西電力は四〇、七二八円(昭和四三年九月現在)の最低である。このため退職金においては東京電力と比較して定年直前の人で約七〇万円のおちこみである。

〈4〉 毎年二回支給される賞与を他の電力会社と比較しても経理内容抜群の関西電力が昭和四二年上期で基準賃金に対する支給率では最低である。金額においては平均一二九、〇七〇円に対し、関電は一二九、五〇〇円である。しかし関電のみが分割支給という悪条件であつた。昭和四三年度には「率」および「金額」において最低に落ち込んだ。

(4) 剥奪された権利は、以下のとおりである。

〈1〉 定年退職者が続出し、人員が大幅に減るのに、その補充はあまりなされず、一人あたりの労働密度は強まるばかりである。

〈2〉 尼一発電所は、老朽施設のためまもなく閉鎖する予定となり、そのため会社は大幅な異動で人員を約三分の一に減少させた。その後電力需要の増大から一年余で全機運転に逆戻りしたのに、人員は申し訳け程度しか増員せず、このため残業早出の続出で労働強化となり、労使間の大きな問題となり、現在に至つている。

〈3〉 尼二発電所でも、昭和四一年四月には理髪補助(一人一回二〇円)が打切りになり、昭和四三年一一月からは会社の手で行なつていた洗濯場を廃止した。火力発電所は微粉炭や重油を使用し、煤煙も多く、作業衣は非常によごれがはやいだけに大きな不満となつて労使間交渉が再々行なわれたが、遂に廃止となり、組合員の不満をつのらせた。

3 原告のビラ配布は、被告会社が非難する行為すなわち社員および家族に、会社に対する不信感を醸成させ、会社と社員の信頼関係を破壊し企業秩序紊乱を招く不都合な行為には該らない。

前項に述べたとおり原告は事実に基づいて批判をなしたものである。これに対して事実でもつて反論を加えず、強圧的な懲戒や厳重な処分をするというおどかしで禁止し、しかも配布者の内心の推量に当る「意図」というような認定をもつて禁圧することは、全体主義的権威のおしつけであり、企業利益のためには手段を選ばぬ思想統制のおしつけでもある。

紊乱を招くというが、秩序紊乱の概念すら多分に抽象的なものであり、かつ一方的判断のおそれがあるのに加え、本件の場合、未だ紊乱の事態はなんら発生しておらず、しかもそのような事態が発生する危険もないのに、たんに発生の可能性があるという一方的独断で、従業員の私生活中の行為まで無制限に規制することは許されない。

(三) 本件懲戒処分は思想、信条による不利益扱いであり、正当な組合活動に対する支配介入であるから、無効である。

(1) 昭和二六年関西電力発足より昭和四四年三月現在に至る間資本金一六億九、〇〇〇万円から、一、四三七億五、〇〇〇万円と実に八五倍の発展を遂げた。その内容をみると水・火力発電設備で二二八万KWが八二五万KW(約三・六倍)、逆に従業員数は二五、九三三人から二二、二四七人と約一四%減少し、こうして一人当りの販売電気量で二二万KWHが昭和四三年で一六七万KWH(約八倍)、純利益昭和二七年上期五億円が昭和四三年上期七一億円(約一四倍)と名実ともにわが国最大級のマンモス企業に成長した。そうしてその成長を支えたものは、なんといつても労働者に対する搾取の強化であつた。そのことは一人当りの販売電力量の増加や先にもふれた賃金の低下等によつても明らかである。

このような好業績を維持発展させるためには、会社としてもかつての電産労組のような戦闘的労働組合が育つのを絶対に防がねばならなかつたし、また真実を知らせ職場の要求を献身的に闘おうとしている共産党員やその同調者等の活動をなんとしても職場から排除することを必要とした。そして、この排除が完了するまでは職場大衆が何らの影響も受けることがないような対策を持つことこそ会社の最大の仕事であつた。

(2) このことは、太田垣社長当時より強調されていたし、すでにその頃より方針として共産党員および活動家は最終的に職場から排除すること、それまでの過程においては当人の孤立化を図り、このため警察や公安とも連絡をとり、会社内外にわたつての言動を把握し、たえず攻撃をかけていく等々が細かくきめられて実行されて来た。

ところが、一九六〇年安保闘争時より、これら活動家の層は広まり、職場における大衆の支持も強まつて労働組合の内部での勢力も前進していつた。

こういう中で一九七〇年の安保条約改訂期を前にし、会社としてはなりふりかまわぬ攻撃にうつらざるを得ない危機感をもつようになり、巧妙なやり方と併用して活動家に対する攻撃を加えてきた。差別、村八分、尾行や密告の奨励による私生活への干渉、転向の強要、ささいな誤りをとらえての懲戒等々最近急激にこれらのやり方が強まつた。

(3) 昭和四四年一月二九日付社長室担当支配人通達および兵庫火力事務所長達示は、ともに本件ビラ配布を非難したものであるが、職制が全員を集めて威圧に満ちたやり方でこれらを伝達し、兵庫火力管内においてはこれを印刷して一人一人の姓名まで書きこんだ文書として手渡し、受領印まで捺印させるというおよそ例をみない伝達方法がとられた。これは会社が、活動家に対してはこれ程の強い態度で臨むことを脅迫的に全従業員に示したものであり、その意味で原告に対する処分も従業員に対するみせしめでもあつた。どの職場あるいは社宅等においても、労働組合、自治会、サークルの印刷物やビラ等が数多く配布されており、伝達の方法にはこと欠かない状態であるにも拘らず、今回の場合のみ、会社が、いまだかつてない前記の伝達方法をとり、殊更、問題を重大化させたことは明らかに共産党ないしはその同調者の思想、行動を嫌悪した会社の不当な不利益取扱いである。

(4) 尼崎第二発電所の職場で、差別、村八分に対し、尼二会の幹部に抗議した際、幹事は、「君達と一緒にいると損をする、したがつて一切会社内外でのスポーツ、娯楽は一緒にやらない」といい、「何の損になるのか」と問われて「会社からにらまれ、昇給、昇格いろんな点で損になる」とはつきり言明した。このことから明らかなように、右のような会社のやり方は一定の成果をあげている。

(5) 本件ビラの内容については、すでに述べたとおりであるが、会社の政策を批判し、労働者の地位向上、職場内の民主化、政治意識の高揚を図る活動は、労働組合活動の重要な一環であり、そういつた活動を労働組合の機関として行なおうと、あるいは組合員が自主的に行なおうと、それは経営者にとつて無関係なもので、それに干渉する行為は、正常な労働組合活動に対する不当干渉であつて、労働組合法七条にいう不当労働行為に該当する。

会社の行なつた本件譴責処分は、明らかに憲法ならびに労働組合法に違反する違法かつ不当なものである。

三 本件譴責処分は、右のとおり無効であるところ、原告はその無効確認を求めるについて、次のような法律上の利益を有している。

(一) 本件譴責処分は、就業規則七八条の規定に基づき懲戒処分として行なわれたものであつて、いわゆる訓戒、訓告、厳重注意、注意等業務に対する上司の指揮命令権ないし監督権に基づいて発せられる行為とは性質を異にする。後者は何ら法的効果を伴わない事実行為であるが、前者は懲戒処分を受けたという法的効果を伴う法律行為に外ならない。

ちなみに公務員については、懲戒処分として戒告、減給、停職、免職の四種が定められている(国公法八二条、地公法二九条)。公務員の場合、戒告は不利益な処分であるとして抗告訴訟や行政不服審査の対象となるとされるが、法律の規定に基づかない服務監督上の措置として行なわれる訓告、厳重注意等については対象にならないとされている。

民間の会社の場合においても、就業規則に定める懲戒処分として譴責が行なわれたときは、右と同様、その無効確認を裁判所に求めうることは当然である。

(二) 懲戒処分を受けたこと自体従業員たる地位にある限り不利益である。被告会社においては、懲戒処分に付することは、きわめてまれなことであり、懲戒事由、懲戒手続の実態からして重大深刻なものとして理解されていること、および被告会社は原告がきわめて悪質重大な非行を行なつたという認識(これは誤れる認識ではあるが)から本件処分に至つたのであること等から考えれば、本件の場合、原告の受ける不利益は決して軽微なものではない。

(三) 本件処分は、労働組合活動の諸権利や表現、思想、信条の自由に対する挑戦であり、憲法に保障された諸権利を踏みにじるものである。とりわけ、被告会社は、本件処分を通達、達示、社報により全従業員に知らしめるという異常な方法をとつたことにより特別に原告の名誉、信用の失墜をはかつた。右のような不利益に対しては、思想、信条の自由や精神的人格的利益が未だ抽象的な事実上の利益にすぎないとしても、なおその法的救済を拒むべきではない。

(四) 懲戒処分を受けた者が、勤務成績、勤務態度の評価について、悪い評価が与えられることは当然であり、むしろ懲戒処分を受けても何ら成績に影響を与えないと考える方が、常識に反する。現に、懲戒処分を受けた者が、昇給、昇格等について不利益を受けることは、協約上も明らかである。また会社の「社員永年勤続表彰規定」においても懲戒処分を受けたものは不利益な取扱いを受ける定めになつている。

四 右に述べたとおり、本件懲戒処分は、就業規則の適用を誤つたものであり、思想、信条による不利益取扱いであり、かつ労働組合に対する支配介入であつて無効であるばかりでなく、原告の人権を侵害する不法行為である。

右不法行為によつて、原告は、昇給、成績査定等につき財産上の損害を受けたばかりか、思想信条の自由、労働組合活動の権利等憲法上の基本権をも侵害され、金銭にかえ難い重大な精神的苦痛を受けた。右精神的苦痛に対する慰藉料は一〇万円が相当である。よつて、被告会社に対し慰藉料一〇万円の支払を求める。

第四被告の主張

(本案前の抗弁)

本件訴のうち、譴責処分無効確認部分の訴は、以下述べる理由により不適法として却下されるべきものである。

一 本件譴責処分は、事実行為であつて法律行為ではなく、企業内の自治的処理に委ねられるべき問題であつて、司法裁判所における裁判の対象とならない。

(一) 右処分は、懲戒処分の中でも最も軽微な譴責処分(しかも始末書の提出すら求めていない。)である。

元来譴責とは通常始末書を提出させ将来を戒めることをいい、始末書を提出するところに戒告との差異があるが、単に将来を戒めるだけにとどまるからいずれも実質的な不利益はない。規律違反行為があつた場合、その違反が軽微である間に自覚させ、そのことを通じて規律の再確認を求めようとするもので、主として精神的な効果をねらうものである。それ自体に不利益を伴うものではなく、法律的にさほど問題となることはない。判例も譴責に法律行為としての意思表示の効力を認めず、譴責処分の効力に対する介入について消極的な態度を表明しているのである。

(二) しかして、被告会社が、本件ビラ配布行為に関し、原告に対して現実になした処分は、兵庫火力事務所長が、原告に対し口頭で理由を説明したうえ、就業規則七八条五号により譴責する旨の辞令を直接交付したのに止まる。したがつて、本件譴責処分は就業規則の適用による譴責の辞令交付という事実行為に止まり、法律行為としての意思表示ではなく、何らの法的効果も伴わないので、企業内の自治的処理に委ねられるべき問題である。

二 原告は、本件譴責処分によつて直接具体的な権利ないし利益の侵害を受けていないので、原告の本件譴責処分無効確認の訴は、権利保護の資格を欠き許されない。

(一) 譴責処分であつても、使用者の従業員に対する懲戒処分として、その処分を受けることによつて直接に従業員の具体的な権利ないし利益が侵害される場合においては、その救済を求めて裁判所に対し、同処分の無効確認を求めることができると解する判例がある。しかしながら原告において本件譴責処分によつて直接昇給、成績査定等につき財産上の損害を受けた事実はない。

(1) 先ず昇給についていえば、被告会社と組合との間に基本給に関する協定書が存在しており、右協定書の別紙定期昇給基準額中に「特別の事情がある者」が低額の基準表を適用される規定があるが「特別の事情がある者」とは当該資格段階に相当する能力を有しながらその成果を発揮しえなかつた者および勤務態度が著しく不良の者等をいい、懲戒処分とは直接関連がない。また現実にも本件譴責処分は、昇給額の決定につき何ら関係はなかつた。

(2) 次に昇格についていえば、被告会社と組合との間の資格制度に関する確認事項の中に、「4精神障害、身体障害、懲戒処分その他により当該資格段階に期待されている職務遂行能力を欠き、もしくはその能力の発揮を会社として期待しえない状況に至つた場合は降格させる」という事項があるが、原告は降格されておらず、本件譴責処分は、昇格とは何ら関係がない。

(3) 原告が昭和四五年度において一五年の永年勤続表彰を受けることができず、年功慰労休暇二日および副賞金一万五千円を受取ることができなかつたことは事実であるが、これは本件懲戒処分の直接的効果ではなく、被告会社における選考の結果、右年度における永年勤続被表彰者とされなかつたからである。

(二) 被告会社支配人通達および兵庫火力事務所長達示が従業員に伝達され、また本件懲戒処分が社報に掲載されたことにより、原告が主張のとおり名誉、信用を失墜し、あるいは思想、信条の自由等を侵害され、いわゆる精神的、人格的利益を侵害されているとしても、それを根拠として、本件譴責処分の無効確認を求めることは、許されないと解すべきである。

(本案に対する認否、主張ならびに反論)

一 請求原因第一項の事実および就業規則七八条が別紙(二)のとおりであることは認める。

二 本件譴責処分は、公正な懲戒手続を経てなされた正当な懲戒処分である。

(一) 本件譴責処分の懲戒理由は次のとおりである。すなわち、

原告は一方的解釈をもつて会社を中傷誹謗したビラを作成し、深夜ひそかに当社々宅に多数配布した。この行為は、社員およびその家族の会社に対する不信感の醸成を企図するものであり、会社と社員との信頼関係を破壊し、ひいては企業秩序の紊乱を招く特に不都合な行為であつて、就業規則七八条五号に該当し、まことに遺憾である。しかも事件後も全く反省の態度がみられないことは重ねて遺憾である。

(二) 原告の本件ビラ配布は、大晦日の深夜人目をはばかつて秘かに無署名ビラを配布するという態様において既に異常かつ卑劣な行為である。しかも原告は、本件ビラ配布が、原告の行為であると判明した後においてもなお、上司に対してその事実を否定して、本件ビラ配布責任を回避する卑劣な態度に出ていた。本件ビラはその表現においてもその内容においても、一読して明らかに被告会社を中傷誹謗したものであり、全体として被告会社の従業員およびその家族の被告会社に対する不信感醸成を企図したものである。すなわち、被告会社についての虚構の事実または誇張した事実もしくは独自の所説を述べることにより、直接的にまたはその家族を通じて間接的に従業員に動揺を与えその作業意欲を害し、被告会社と従業員との信頼関係を破壊し、ひいては被告会社の業務の運営を阻害するものであり、表現の自由の範囲をはるかに逸脱した不当なものである。かかる内容のビラを会社々宅へ多数配布する行為は正しく「特に不都合な行為」というべきであつて、就業規則七八条五号の懲戒事由に該当することは明らかである。

(三) 被告会社においては、原告の本件ビラ配布行為について、原告の所属長である兵庫火力事務所長から、懲戒の内申を受けたため賞罰委員会に付議することに決定した。その賞罰委員会は、五名の委員によつて構成されたが、まず関係者よりの報告書等により事実を詳細に調査すると共に法律問題についても検討を加えた。昭和四四年一月二九日開催された右委員会においては、冒頭幹事より資料に基づいて事案の概要の説明があり、次いで被付議者である原告が出席して弁明をなし、引き続いて審理に入り慎重に審議をつくした結果、本件ビラ配布行為は、企業秩序の紊乱を招く特に不都合な行為であつて就業規則七八条五号に該当するから、原告を懲戒処分の中では最も軽微な同七九条一項一号の譴責処分に付すべきであるとの結論に達したのである。

なお賞罰委員会は、組合に本件賞罰委員会の開催について連絡したところ、組合は「当該事件は、組合機関の指示によつて行なわれたものではなく、また、組合員としての行為とも認められないので、組合は関知しない。」として、賞罰委員会に出席しなかつた。

しかして、被告会社においては、右賞罰委員会の決定に基づき社長の決裁を得て、同年一月三一日兵庫火力事務所長を通じて原告に対し懲戒理由を口頭で説明し懲戒辞令を交付し原告はこれを受領した。本件懲戒処分は右のような厳格公正な手続を経てなされたものである。

原告は、本件懲戒処分を不服として労働協約の定めに従い本部苦情処理委員会に対し、苦情の申立を行なつたのであるが、右委員会は審議の結果、全員一致の意見により、右苦情申立を理由なしとして斥けている。

三 原告主張の無効事由に対する反論

(一) 原告は、本件ビラ配布行為は、企業の拘束をはなれた場所、時間において行なわれたものであるから、服務規律違反の行為を対象とする就業規則の懲戒規定を適用するに由なきものである旨主張している。

しかしながら、就業規則に定める懲戒規定は必ずしも企業施設内における就業時間内の服務規律違反行為だけを対象とするものではない。たとえ企業施設外でしかも就業時間外になされた行為であつても、その行為が企業の信用を失墜せしめあるいは企業秩序の紊乱を招く等不都合な行為である限りにおいては、それに対して懲戒規定が及ぶべきことは当然である。

(二) 原告は本件ビラ配布行為は就業規則七八条五号に該当しない旨主張する。

1 原告は、その独自の見解に基づき本件ビラの内容に関して、それが真実であると主張するが、これは曲解ないし偏見に基づくものであつて、明らかに会社を中傷誹謗するものと言うべきである。

(1) 原告は、被告会社が七〇年暴動説ないし革命説を宣伝していると主張するが、被告会社がそのような宣伝をした事実は全くない。

(2) 被告会社が一部の従業員に対し、差別、村八分を行なつたとの点について

被告会社における昇給、昇格は、労使間で合意をみた基準に基づいて実施しているものである。すなわち、資格についてみれば、被告会社尼崎第二発電所内で技手の資格を有する者のうち、原告より会社勤続年数の長い者は四二名、同発電所における勤続年数の長い者は一二名もいるのが実情である。また賃金に関する苦情については、昭和四四年五月、尼崎第二発電所支部苦情処理委員会において、全員一致による明確な理由を付し、その結論を原告あて通知している。

文化祭、体育祭あるいは囲碁大会における出場者の人選はすべて職場内で従業員相互の話合いにより自主的に行なわれるものであり、原告の主張のような事実については、被告会社は、全く関知しない。

忘年会、送別会等の催しは、従業員が親睦のために自主的に運営しているものであつて、被告会社の関知するところではない。被告会社が従業員相互の親睦をはかる目的で毎年一回行なつている慰安会には、原告も参加している。

会社が新入社員に対して原告等活動家との接触を禁じたことはない。

「尼二会」は、従業員が組織した親睦団体であり、被告会社とは全く無関係である。

(3) 賃金、労働条件が他産業および他電力会社より低いとの点について

そもそも企業の賃金体系ないし制度は各企業の経営実態により異なるものであつて、この間の差異をことさらに看過して賃金比較を行なうことは、甚しく妥当性を欠くものである。

被告会社においては、従来基本給の昇給額が全額退職金の算定基礎に算入される仕組みとなつていたが、労使間で月例賃金の増額方途につき協議した結果、昭和三九年四月以降、退職金にリンクしない特別給を新たに設け、基本的な賃金を基本給と特別給の二本立てとしてきた。したがつて、かりに他電力会社と賃金を比較するとしても、基本給のみの比較では不十分で、被告会社の基本給および特別給の合計額と比較するか、または基準内賃金で比較する必要がある。昭和四三年九月現在の電気事業連合会の調査資料でみるならば、別表(三)のとおりであり、被告会社の賃金は高水準にある。

なお原告の指摘する昭和四三年版中労委賃金事情調査によるも被告会社の平均基準内賃金は五七、四一八円であり、同時期の他産業平均基準内賃金四〇、一三九円をはるかに上廻つている。

次に退職金については、被告会社においては、退職一時金、退職年金等があり、一般産業はもとより他電力会社に比して何らそん色はない。

また賞与についても、試みに昭和四二、四三年度において賞与、一時金等いわゆる臨時給与として実際に支払われたものの合計額につき、他電力会社と被告会社とを比較すると別表(四)のとおりであり、被告会社の支給額は高水準にある。

(4) 既得権の剥奪との点について

被告会社は、常々職場に見合つた適正な人員配置を行なつているのであり、また尼一発電所における運転体制については、労使において十分協議の上決定したものであり原告のいうような事実はない。理髪補助または洗濯場については、それらが福利厚生の新しい方向に合致しない故、労使が協議して廃止したものであり、その源資は、他の福利厚生面へ還元している。

2 被告会社支配人通達および兵庫火力事務所長達示は、本件事件発生後にとられた被告会社の内部処置であつて、本件処分の当否とはなんらかかわりのない事柄である。右通達および達示の従業員の伝達にあたつて被告会社がとつた措置は、その趣旨の周知徹底を目的としたものであつて、これを威圧的ないし脅迫的な態度と目するのは失当である。

3 右のとおりの内容を有する本件ビラ配布行為は、みだりに私人の権利ないし利益を侵害するものであるから、表現の自由の行使として保護されるべきものとはいい難い。

労働者が自己の意思決定に基づき、使用者と雇用契約を締結して特定の雇用関係に入つた以上、右自由は、同契約より生じる義務の相当な限度に従い自ら制度を受けるものである。したがつて、本件懲戒処分は原告の表現の自由の行使を不当に侵害するものではない。

(三) 思想信条による不利益取扱いであり、不当労働行為であるとの主張につき

1 前述のとおり、被告会社は、本件懲戒事案を賞罰委員会の議に付するにあたり、労働組合に意見を述べる機会を与えている。また原告は本件懲戒処分を不服として、労働協約の定めに従い本部苦情処理委員会あて苦情の申立を行なつたのであるが、右委員会は全員一致の意見により右苦情の申立を理由なしとして斥けた。したがつて本件懲戒処分は、およそ支配介入として不当労働行為の対象となるものではない。

かりに、個々の組合員の自主的な組合活動ないしは正常な労働運動が保護されるべきであるとの見地に立つとしても、本件ビラは、作成名義も明らかでなく、その配布行為は大晦日の深夜ひそかに人目をはばかつてなされたものであつて、かかる責任の所在を韜晦した卑劣な行為は、その形式からみて、とうてい正常な組合活動であるとはいえないから、これについて不当労働行為制度上の保護を求めることは失当である。

2 本件懲戒処分は、すでに繰返し述べたとおり、被告会社を中傷誹謗するビラ多数を社宅に配布した行為を対象としているのであつて、原告の思想、信条とは無関係である。

四 請求原因第四項は争う。前述のとおり、本件懲戒処分は、正当な行為であつて、原告が被告会社の従業員である限り服従する義務があり、不法行為による人権侵害ということはあり得ない。また本件懲戒処分は前述のとおり原告の思想、信条と無関係になされているので、原告の思想、信条の自由を侵害することはあり得ず、労働組合に対する支配介入でもないので、労働組合活動の権利等に対する侵害は成り立ち得ない。

かりに原告が、金銭にかえ難い精神的苦痛を受けているとしても、それは本件懲戒処分と無関係かそれとも正当な懲戒処分として従業員の服従すべき義務の範囲内にあるものである。いずれにしても、原告に慰藉料請求権はない。

証拠関係〈省略〉

理由

一 原告が被告会社尼崎第二発電所に勤務する被告会社の従業員であり、かつ被告会社従業員をもつて組織する関西電力労働組合尼崎第二発電所支部に所属する組合員であること、就業規則七八条が別紙(二)のとおりであること、原告が昭和四四年元旦別紙(一)の本件ビラを尼崎地区の被告会社社宅に配布したところ、その行為が就業規則七八条五号に該当するとして、同年一月三一日にいたり被告会社から本件譴責の懲戒処分を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。

二 被告会社は、本件訴のうち譴責処分の無効確認部分の訴は、不適法として却下されるべきであると主張するので、まずこの点について判断する。

(一) 成立に争いのない乙第二号証によれば、就業規則七九条に「懲戒は、次の六種とし、その行為の軽重に従つて行なう。(1)けん責」と規定していることが認められる。譴責とは通常「始末書を提出させもしくは提出させることなく将来を戒しめる懲戒処分の一つである」と解される。そして、右のような譴責処分自体は、会社が就業規則を適用してなす判断ではあるけれども、いわゆる事実行為であり、これを意思表示もしくは法律行為と解することはできないから、それ自体で直接的に会社と従業員の間の法律関係を設定、変更もしくは消滅させることはあり得ない。

(二) ところで、成立に争いのない甲第三一、三二号証、乙第七、八号証、第一七号証、証人村松一の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証、同証言、原告本人尋問の結果によれば以下の事実が認められる。すなわち、

1 被告会社と組合との間に基本給の昇給および基本給の定期昇給制度についての協定が締結されているところ、右協定書の中に、特別の事情ある者に対しては通常以下に定めた低額の基準表が適用される旨の規定および、特別の事情ある者とは、当該資格段階に相当する能力を有しながらその成果を発揮しなかつた者および勤務態度が著しく不良の者等をいうとの規定がある。そしてその具体的な例として降格にまで至らないが懲戒をうけた者があげられている、

2 被告会社と組合との間に資格制度に関する覚書が交されているところ、それに付帯する確認事項第4項中に「精神障害、身体障害、懲戒処分その他により当該資格段階に期待されている職務能力を欠き、もしくは、その能力の発揮を会社として期待しえない状況に至つた場合は降格させる。」との規定がある。

3 会社には社員永年勤続表彰規定が存在し、その中に「第二条永年勤続表彰は社員が勤続年数満一〇年に達したとき及びこれに五年を累加した勤続年数に達した都度行なうものとする。但し、懲戒処分を受けたものに対しては次期の表彰該当勤続年数に達したときに限りこれを表彰しないことがある。」「第三条表彰は表彰状および副賞金を授与して行なう。」「第四条副賞金は次に定めるところに従い勤続年数に応じて授与するものとする。……勤続満一五年のもの一五、〇〇〇円」との規定がある。

以上の各事実が認められ右認定に反する証拠はない。

(三) 右のとおり被告会社においては、懲戒処分(譴責処分を含む)を受けたことにより、その被処分者が人事考課の面で事実上の不利益を蒙る危険を強いられるばかりでなく、いわゆる昇給、昇格、永年表彰等にあたつても、不利益な取扱いを受けることがある旨を労働協約ないし就業規則中に規定している。すなわち懲戒処分を受けたものは、そのことだけで、給与その他の法律関係につき種々の不利益を強制されるかも知れぬという派生的法効果を免れ得ないものであることが認められる。ところで、このような法効果は適法な懲戒処分を受けた場合にのみ招来さるべきものである。言い換えると、懲戒処分が不適法になされたものであるにも拘らず、もし会社がそれを適法処分である旨誤解しているような場合には、同誤解にもとづいてなされる種々の不利益取扱いはすべて違法ないし無効である。したがつて、もし、不適法な懲戒処分が行なわれた場合には、その処分を要件とする不利益な取扱いはすべて違法である旨を宣言する意味において、端的に当該懲戒処分それ自体の違法すなわちそれが無効であることを確認することもまた真の紛争解決に資する所以であると解される。

(四) 以上にみたとおり本件譴責処分は、上司の単なる注意、訓戒とは異なり、就業規則を適用してなされたいわゆる懲戒処分であるところ、同譴責処分は人事考課の面で被処分者に事実上の不利益を与える危険があるばかりでなく、この処分を要件にして、いわゆる制度的にすなわち労働協約あるいは就業規則の規定を適用することにより、被処分者の法的地位たとえば昇給等に対し不利益な影響を及ぼすことが可能である。したがつて、同処分の違法を信ずる被処分者は、右のような不利益を避けるため、同処分が適法なものとして取扱われるのを防止すべく、同処分の無効確認を求める法律上の利益と必要性を有しているものと解されるから、本件譴責処分無効確認の訴はいわゆる確認の利益を有し、適法に提起されたものといえなくはない。これに反する被告会社の本案前の主張は採用できない。

(五) なお、右確認の訴は次の点からも適法であると考える。

譴責処分は、それが懲戒処分であることのため、つねに被処分者の「名誉」を侵害する。したがつて、何ら正当な理由もないのに不適法な譴責処分を受けたものは、違法に「名誉」を侵害されたものとして、民法七二三条にもとづき、加害者に対していわゆる名誉回復請求をなすことが可能である。この場合、裁判所は「名誉を回復するに適当なる処分」を命じ得るのであるが、同処分は、名誉回復目的に適合するものである限り、その請求者(被害者)において自由に選択することが許されると解される。ところで、名誉というものが多分に主観的なものである関係から、その回復方法についても被害者の主観的要求を尊重しなければならない場合が多いため、同方法がある程度多岐多様に亘ることは避けられないところである。

したがつて、違法譴責処分の場合においても、裁判所は、被害者(被処分者)の前示方法に関する要求を尊重し、それがいわゆる名誉回復方法として適当なものである限り、ある場合には加害者(懲戒権者)に処分取消文の作成交付を命じ、あるいは端的に譴責処分の取消しを宣言し、もしくは同処分の違法ないし除去を宣言する趣旨でその無効を確認するという方法を採用しても、別段誤りではないと解される。ところで、本件の場合、原告は、前示譴責処分をもつて名誉を侵害する不法行為であると主張し、その救済を求める趣旨で処分の無効確認を訴求しているところ、弁論の全趣旨によれば同確認判決によつて、原告に対する救済すなわち原告の名誉回復が充分に達成できる旨容易に推認できるから、この訴は、その利益を有しかつ必要性を具備するものと解される。したがつて、これを不適法として排斥することは許されない。

もつとも、このような結論に対しては、実体法と手続法を混同するものである、旨の非難があるであろう。けれども、いわゆる確認判決が不法行為に対する救済方法すなわち紛争解決手段として極めて適切である本件のような場合には、右の非難にも拘らず前示の結論をなお是認すべきものと考える。

三 そこで本件譴責処分の適否について以下判断する。

(一) ビラ配布および譴責処分が行なわれた事情

成立に争いのない甲第一ないし三号証、第二〇、二一号証、第二五、二六号証、乙第三、四号証、証人村松一の証言により真正に成立したものと認められる甲第一八号証、証人村松一、同武藤義也、同杉野浩次、同松山恒太の各証言、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すれば以下の事実が認められる。

1 原告は、工業高校を卒業し昭和三〇年四月に定期採用者として被告会社に雇用され、以来同会社尼崎第二発電所に技術者として勤務し、現在補修課機械係に配属されている者であり同係タービン班の従業員約二〇名のうちでは、同班での勤務年数が最も長くなつている。

また原告は、昭和三四年本部委員会(組合の機関である)の本部委員に就任したのを始めとして、三五年以降四一年迄支部執行委員あるいは地区大会の代議員、本部大会の代議員、電労連大会の代議員等の役職を歴任した。昭和四二年度においては、地区代議員、支部執行委員、本部代議員等に立候補したがいずれも落選し、それ以来組合の役員には就いていない。

2 原告は、会社から組合員に対する種々の圧力が強まつているので、このような圧力をはねのけ、昭和四四年度こそは組合員の団結を強めてすばらしい年にしなければならないと考え、これと考えを同じくしていた被告会社の従業員奥山民男外数名と相談のうえ、同年の新年にあたつての挨拶を作成し、会社従業員に対して配布することを企画し、来るべき一九七〇年問題の重要性と、職場における従業員の低賃金、無権利の状態を訴えるべく、その内容についても右の数名と相談のうえ、別紙(一)のとおりの内容の本件ビラを作成した。作成したビラは、同人らで会社の阪神地区の社宅に手分けして配布することとし、原告は尼崎市大庄所在の社宅に配布することを分担し、勤務時間外である大晦日の除夜の鐘がなり終つた直後の昭和四四年一月一日、右社宅の各戸に本件ビラを配布した。そして本件ビラは、右のほか、西宮市鳴尾、今津各地区所在の社宅に対しても配布され、原告の配布したビラを含め、配布されたビラは約三五〇枚であつた。

3 被告会社兵庫火力事務所は主として兵庫県下に所在する被告会社の火力発電所を管理統括する機関であり、原告の勤務する尼崎第二発電所は同事務所の管下にある。同発電所の当時の事務課長訴外武藤義也は、同日、同発電所運転課主任より、原告が本件ビラを配布していたとの報告を受けるとともに本件ビラを入手しその内容を了知した。同課長は、同月四日および二二日の両日、原告に対し、本件ビラ配布の事実をただすとともにビラの内容が会社を中傷誹謗しているとして反省を求めたが、原告は配布の事実を認めたものの会社とは関係がないと言い反省の色を見せなかつた。そこで同課長は、右の事実を同発電所の所長、次長に報告するとともに兵庫火力発電所へ連絡した。

右報告を受けた兵庫火力事務所は、本件ビラは会社を中傷誹謗し、会社と社員間の信頼関係を破壊する不当なビラであり、社員の身分にありながら右のようなビラを深夜ひそかに配布することは就業規則の懲戒事由に該当するとして、事案概要書、現認者の現認書、事務課長の事情聴取書、本件ビラを添え、会社社長宛原告の懲戒内申を行なつた。

4 被告会社では、右内申を受けて、賞罰委員会に付議することに決定した。右委員会の担当機関は、事実を調査し、ビラの内容に検討を加え、法律問題についても専門家の意見を聴取したうえで昭和四四年一月二九日右委員会を開催した。原告は右委員会に出席し、事案について説明あるいは返答を行ないかつ意見を述べた。右委員会は、審議の結果、「原告は一方的解釈をもつて会社を中傷誹謗したビラを作成し、深夜ひそかに当社社宅に多数配布した。この行為は、社員およびその家族に対する不信感の醸成を企図するものであり、会社と社員との信頼関係を破壊しひいては企業秩序の紊乱を招く不都合な行為であつて、就業規則七八条五号に該当し、同七九条一項一号の譴責処分に付すべきである。」との結論に達した。

しかして被告会社においては、右委員会の決定に基づき社長の決裁を経た後の同月三一日兵庫火力事務所長を通じて、原告に対し右懲戒理由を口頭で説明し、懲戒辞令を交付した。原告はこれに対し、本件ビラは事実に基づいて書いたもので、何ら中傷誹謗した覚えはないことおよび懲戒処分で本件ビラの配布活動を規制することは、労働者の文書活動、あるいは個人の表現の自由に対する弾圧である旨を述べ抗議した。

5 原告は、昭和四四年三月六日頃本件懲戒処分を不服として労働協約の定めに従い本部苦情処理委員会に対し苦情の申立を行なつたが、右申立は同年四月二一日付で、理由なしとして却下された。

6 被告会社は、原告を懲戒処分に付したことならびにその事由について社報に掲載したほか、それ以前の同年一月二九日付で本件ビラ配布行為に関し、社長室担当支配人から社員の自覚と職場規律の確立についてと題する通達を発するとともに、兵庫火力事務所長からも右と同様の内容の達示を同所管内の従業員全員に交付した。

これに関して尼崎第二発電所運転課村松一および東厳からそれぞれ同発電所長ならびに関西電力宛に疑問点の釈明を求めたが、会社側からこれに対する正式の回答はなされていない。

7 組合は、前記賞罰委員会の開催について連絡を受けたが、本件ビラ配布行為は組合機関の指示によつて行なつたものではなく、また組合員としての行為とも認められないので組合は関知しない旨を述べ、放任した。また組合の機関誌「つながり」同年二月五日号は、本件ビラ配布行為について、組織の破壊分裂をねらうものでありビラの内容およびこの種の行為は許されないとの見解を述べている。

以上の各事実が認められ右認定を覆すに足る証拠はない。

(二) 勤務外の行為に対する懲戒の適否

原告は、本件ビラ配布は、勤務時間外に会社施設を離れて行なつたものであるから、会社の労務指揮権、施設管理権と抵触する余地はなく、したがつて懲戒規定を適用するに由ない旨主張している。なるほど、本件ビラ配布は、原告が勤務時間外に、職場以外の場所でなしたものであること前示認定のとおりである。しかしながら、たとえ企業外で就業時間外になされた行為であつても、その行為が使用者に及ぼす影響いかんによつては、それに対し、いわゆる懲戒規定が効力を及ばすこともあると解される。けだし、労働者が使用者と労働契約を結んだ以上は、その附随義務として、企業の内外を問わず使用者の利益を不当に侵害してはならないのはもちろん、不当に侵害するおそれのある行為をも差し控えなければならない場合があると解されるからである。したがつて、原告の右主張は採用できない。

(三) 本件ビラの内容の当否

被告は、本件ビラの内容は原告の一方的解釈をもつて会社を中傷誹謗したものであると主張するのに対し、原告は真実に基づくもので表現の自由の正当な行使である旨弁疎する。そこで、本件ビラの内容が会社を中傷誹謗するものであるか否かについて検討する。

1 会社が七〇年革命説ないし暴動説を唱えている(ビラの第一節)との点について

成立に争いのない甲第五号証、第二二号証、証人村松一の証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証、同証言、原告本人尋問の結果によれば、会社が昭和四三年三月、労働協約改訂を交渉していた席上「企業防衛条項」挿入に際し、一九七〇年になれば社会的な困難が発生し、ひいては会社の発電所、変電所に対し破壊活動がなされるおそれがあり、万一このような事態が発生した場合には労使協力して企業防衛にあたるべきことを組合に対して説明していること、また毎日新聞は、会社の判断として、安保騒動がエスカレートした場合、一部の破壊分子が送変電施設などを襲撃して停電を起こし、社会不安と経済・社会活動のストツプをねらう公算がある旨の記事を掲載していることが認められる。

右事実によれば、安保改訂の年である一九七〇年には、労使が一致して企業防衛にあたらなければならないような破壊活動が発生するおそれがある旨を会社において危惧しているものと推認するに充分である。したがつて、会社のこのような態度をもつて、会社が七〇年革命説あるいは暴動説を唱えていると表現してもあながち事実無根であるとはいえないから、会社の経営につき何らの権限も与えられていない原告が非革命説あるいは非暴動説を採り、その立場から、会社の右態度を非難しても、このことは未だ会社を中傷誹謗したものには該らないと解される。したがつて、右革命説あるいは暴動説を非難したことを事由として、原告を問責することは許されない。

2 差別、村八分を行なつた(ビラの第三節)との点について

前出甲第六号証、第二五号証、乙第七、八号証、成立に争いのない甲第七、八号証、証人村松一の証言、原告本人尋問の結果を綜合すれば以下の事実が認められる。

被告会社においては、昭和四一年、会社と組合の協定に基づいて資格制度が採用されており、技術者については上位から参事、副参事、技師、副技師、技師補、技手、技術員の系列がある。高校卒技術系の定期採用者は、最初技術員の資格に格付けされ勤続四年ですべて技手に昇格し、技手は、最短者は四年で、標準者は八年(したがつて入社後一二年)で、また最長者は一一年(入社後一五年)でそれぞれ技師補に昇格するものと協約上定められている。原告は、昭和三〇年に入社したものであるから、本件ビラ作成の頃、入社以降一三年を超えており、したがつて、技手としてはすでに標準者の滞留期間を超えていたにもかかわらず、なお技手の資格に留まつていた。原告と同年度に入社した技術者約四〇名のうちで技師補に昇格されずなお技手に留まつていたのは、原告のほか僅か数名に過ぎなかつた。

昭和四一年一一月会社と組合との協定により、昭和四二年度以降三カ年間の基本給の昇給および基本給の定期昇給制度が定められ、各資格における昇給額のランクたとえば技手のそれは最高一、二〇〇円、標準一、〇〇〇円、最低八〇〇円とする旨が定められた。右制度が実施された昭和四二年度以降における原告の昇給額は、つねに右に定められた最低ランクの額であつた。右の事情のほか、基本給の額が資格によつて決定されているため、本件ビラ作成当時における原告の賃金は相対的に低額となり、同期の者のうち最高のものに比べると、月額一万円程度も下回るという状態であつた。

尼崎第二発電所において昭和四一年末に、「尼二会」という同職場内の職員の親睦団体が結成された。尼二会は明るい職場、正しい組合を作り出すことを標謗している。しかし、同会は、原告、村松一らいわゆる活動家を、職場の中でもつぱら共産党に奉仕するものであるとなし、それらの者とは思想的にあい入れないとして同会員から除外している。そして結成後は、職場の転出入者の歓送迎会、忘年会、各職場対抗のスポーツ大会、囲碁大会、文化祭、体育祭などを主催し、または参加選手の人選にあたつているのであるが、会員以外の者についてはこれらに参加を認めないし、または選手として選出しないので、非会員である原告らは、従前と異りこれらに全く参加できなくなつた。もつとも会社が主催する社員慰安会には原告らも参加している。

また尼二会では、昭和四二年度から同会員のみを組合役員に当選させるようその組織を利用して選挙活動を行なうようになつた。そのため、会員外の原告らは、組合役員に当選することができなくなつた。

以上の各事実が認められる。

ところで、原告の賃金、および資格が前示のとおり低位にあるのは、果して会社の不当な差別によるものであるか否か、また尼二会から廃除された原告が職場の中で前示のとおり孤立を余儀なくされているのは、果して会社の意図によるものであるか否かの点については、未だこれを断定するに足る的確な証拠はない。しかしながら、前記認定の諸事情の下においては、現に不遇な立場にある原告として、これらを会社による不当な差別待遇であると感じ、あるいは会社の意図による孤立化の推進であると考えるのは極めて自然であると推認される。したがつて、会社が右のような差別をなし、また孤立化を推進したものである旨原告において断定し、これを非難攻撃しても、そのことは未だ会社を中傷誹謗したものには該らないと解されるから、このことを事由に、原告を問責することは相当でない。

3 給料・賞与が他の会社より低い(ビラの第三節)との点について

前出甲第六号証、証人村松一の証言により真正に成立したものと認められる甲第九ないし一二号証、証人村松一、同松岡喬の証言、原告本人尋問の結果を綜合すれば以下の事実が認められる。

組合の上部団体である電労連加盟組合所属の各組合員の昭和四三年九月現在の基本給、基準内賃金等は、別紙(五)のとおりであり、賞与金ならびに一時金の合計額は、別紙(四)のとおりである。四四年四月度の中労委退職金事情調査によれば、三〇年勤続者の退職金は、電力産業の場合平均六六〇万円であつて、これは被告会社と同額である。男子全従業員の賃金について見れば、電力産業の平均賃金は二〇歳未満、二〇歳~二四歳の年令帯においては全産業の平均賃金より低額であるが、その他の年令帯においてはこれを上回つている。しかし高校卒職員男子実在者基準内賃金については、電力産業は、全産業平均よりもすべての年令帯において低額であり、また昭和四三年度男子職員初任給は、電力産業の場合、全産業の平均よりも低額である。

被告会社と電力他社を対比すると基本給のみについては、九電力会社中で最低であるが、被告会社では、基本的な賃金を基本給と特別給の二本立にしているため、これを合計した金額ならびに基準内賃金では平均以上であり、九電力会社中、一、二位にある。被告会社の昭和四三年の年末手当は平均一四六、二〇〇円であつたが、これは九電力会社中最低であつた。昭和四四年の賃上げ要求において、被告会社の退職金および退職年金現価の落ちこみは東京電力と比べて約七〇万円であると組合では説明していた。

以上の各事実を認めることができる。

右事実によれば、本件ビラ作成当時、被告会社の給与水準が他の電力会社に劣つていた旨断定することはできないが、しかし、被告会社と同等の地位にある東京電力の給与水準よりも多少劣つていたのではあるまいかと疑う充分の理由がある。したがつて、この点に着目した原告が、他の会社よりも低い給料、少ない賞与を押しつけられている旨表明しても、そのことは未だ被告会社を中傷誹謗したことには該らない、と解される。

4 既得権を剥奪した(ビラの第三節)との点について

証人村松一の証言により真正に成立したものと認められる甲第一三ないし一五号証、同証言ならびに原告本人尋問の結果を綜合すれば以下の事実が認められる。

被告会社の尼崎第一発電所では、昭和四一年四月一日から運転体制を変更した。それ以前は、年間無休で運転する体制であり、それに応じた人員を配置させていたが、実際には休日に稼働することは殆んどなかつたところから、実態に合わせるため平日は午前八時半から午後八時まで運転し、休日、日曜は運転を休止するとの体制に改めた。これに伴つて、従業員数を三七〇名から二三〇名に減少した。体制変更後も電力需要が増大したときは一年に一〇日程度午前七時半から運転する日もあつた。

被告会社はかねて理髪補助として、一名一回につき二〇円の補助を行なつていたが、昭和四一年四月頃これを打ち切つた。これは会社と組合本部との話し合いで廃止がきまつたもので、その後は、右の費用と同等の資金が他の厚生費に組み入れられている。

また尼崎第二発電所では、かねてから会社が洗濯夫を置いて従業員の作業衣を洗濯していた。この制度は、尼崎第一発電所、第二発電所のみで行なわれていたところ、兵庫火力事務所と組合兵庫地区本部、右各発電所と当該組合支部とがそれぞれ協議して、その廃止を合意し、その結果、昭和四三年一一月をもつて廃止された。その代償措置として尼二発電所では電気洗濯機五台を設備して従業員に無料で利用させている。しかし右措置にもかかわらず、右洗濯場制度の廃止に対しては同発電所従業員の一部に大きな不満を持つ者があつた。

以上の各事実が認められ右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、尼崎第一発電所においては人員減少により労働強化が行なわれたものといい得るし、また従来認められていた理髪補助および洗濯制度も打切られあるいは廃止されたので、これにより不利益を蒙つた者の立場からすれば、これらは「既得権のとり上げである」と言えなくはない。

しかしながら、前示認定の各事実から考えると、右の労働強化は、正当な経営合理化の当然の結果として従業員が受忍しなけたばならないものであることが推認できるし、また、理髪補助の打切りや洗濯場制度の廃止も、従業員全体の立場から見れば、いわゆる権利の喪失ではなく、権利の正当な変更にすぎないと認められるから、これらをもつて被告会社が既得権を不当にとり上げたものとみることは許されない。したがつて、本件ビラにある「会社は……いろいろの既得の権利をとり上げて来た」との部分は、原告が会社を中傷誹謗する不都合な文書であると認むべきものである。

5 本件ビラの他の記載部分について

本件ビラの第三節には次の趣旨の各記載がある。

〈1〉 昨年、会社は、差別・村八分を始め、およそ常識と法では許されないやり方で労働者をしめあげた。

〈2〉 そこで、私達は、大会社(被告のこと)の正体がどんなに汚いものか、どんなにひどいものかを体で知つて来た。

〈3〉 今年も、会社は……以前にもましてみにくく、きたないやり方をするでしよう。

これらの文言は、会社が差別・村八分をするに止まらず、それ以外の方法により非常識行為および違法行為を繰返して来た旨を述べ、将来も必ずそのような行為を繰返す旨を断定したものである。しかし、会社が差別・村八分以外に更に非常識行為および違法行為をなしたことを認めることはできないし、また、将来そのような行為が行われる危険を認めるに足る充分の証拠もない。したがつて、右の部分もまた原告が会社を中傷誹謗した不都合な文書であると認むべきものである。

6 以上にみたとおり本件ビラの記載は、その一部については正当な根拠があるけれども、他の一部は、事実にもとづかずあるいは事実を殊更誇張、歪曲したところのいわゆる不実の記載である。そして、同ビラの第三節(その標題は天に唾はく……会社のやり方)を通読すれば、同ビラが全体として、被告会社を中傷誹謗していることを認めるに充分である。これを作成した原告の意図が、一九七〇年問題の重要さと、職場における無権利状態を知らせ、会社の政策を批判する動機から出たものであるとしても、良識ある労働者としての節度を超えた表現、内容が見られる本件ビラが、被告会社を中傷誹謗するものであることに変りはない。

そして、被告会社の従業員である原告が、会社を中傷誹謗した本件ビラを作成し、かつそれを従業員間に配布することは、労働者としては許されない不都合な行為に該当すること明白である。

(四) 本件ビラ配布行為の不都合の程度

原告の本件ビラ配布行為が不都合な行為であることは右のとおりであるが、前記就業規則七八条五号は「その他特に不都合た行為があつたとき」と規定し、同条前各号に該当しない不都合な行為のうち、反価値性の高いもの、すなわち行為および情状において特に悪質な不都合行為のみを懲戒の対象とする旨を定めている。このことは、同条の規定の体裁および文言からまことに明らかなところである。

そこで原告の本件ビラ配布行為が右にいう「特に」不都合な行為に該当するか否かについてさらに検討の要がある。

1 被告は本件ビラの配布行為が、社員およびその家族の会社に対する不信感の醸成を企図したものである旨主張する。たしかに原告の右行為は右のような不信感を醸成するかも知れないという危険を惹起したであろうけれども、しかし、その危険性は極めて軽微なものにすぎず、本件の場合、右の不信感が醸成されたことを認めるに足る証拠はない。したがつて、原告が被告主張のような企図のもとに、本件ビラを作成配布したとしても、そのような企図を達成することは当初から殆んど不可能な状態にあつたことが推認できるから、右の「企図」のみをもつて、原告を強く非難することは相当でない。

2 原告らが配布したビラは、会社の社宅内に限られ、企業外の第三者にまで配布されたものでないことは前判示のとおりである。したがつてビラを受け取る方も、会社の従業員ないしその家族であるから、本件ビラが言及している会社の姿勢ないし労働条件等については、当然正確な知識を持つており、もしくは容易に正確な資料ないし知識を入手しうる立場にあつたことが推認できる。したがつて、本件ビラ配布が他の従業員に与えた悪影響および会社に蒙らせた実害は殆んどなかつたものと認めるのほかはない。

3 さらに表現方法については、表意者の学歴、職歴、地位等を考慮して評価すべきものと解されるところ、前示のとおり原告が組合役員を七、八年にわたり歴任したものであること、および工業高校を卒業して被告会社に入社以来もつぱら技術関係の仕事に携わつて来たものであることを考慮すれば、本件ビラの表現方法がある程度誇張にわたりあるいは激烈になつたとしても、それは止むを得ないものとして斟酌する必要があると解される。

4 また、原告は、前認定のとおり、同僚に比べ資格、昇給の面で劣つた待遇を受け、また職場の中で職員間の行事からも除外されていたので、これについて不満ないし疑問を抱いていたものと推認できる。そこで、会社としてもそのような原告の不満ないし疑問に対して、充分、納得のいく措置を講じてこれを解消させるべき配慮をなすべきであつたのに、そのような配慮を尽したことを認めるに足る証拠はない。したがつて、このような被告の態度もまた原告による本件ビラ配布行為の遠因をなしていると推認できるから、本件ビラ配布行為については被告会社にも、一斑の責があると考えられないこともない。

(五) 本件譴責処分の違法性

以上判示した諸般の事情特に前項1ないし4の事実を綜合勘案すれば、原告の本件ビラ配布行為はなるほど不都合ではあるけれども、その情状においてさほど悪質ないし重大なものと評することはできないから、いまだ「特に不都合な行為」には該当しないと解するのが正当である。

したがつて、本件譴責処分は、就業規則の適用を誤つたものとして不適法であり無効である。

四 最後に、原告の慰藉料請求の点について判断する。

原告がその主張どおり、違法な譴責処分を受けたことにより名誉を侵害され、相当な精神的苦痛を蒙つたであろうことは、弁論の全趣旨により推認するに難くない。しかし、原告のこの精神的苦痛は、本件譴責処分無効確認部分の勝訴判決が確定することによつて名誉が回復される結果、充分慰藉される事情にあることもまた弁論の全趣旨により容易に推認しうるところである。したがつて、原告主張の慰藉料は未だこれを認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、この請求部分は理由がない。

五 よつて原告の本訴請求のうち、譴責処分無効確認を求める部分を正当として認容し、慰藉料の支払を求める部分を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙(一)~(五)省略)

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